第一話 相談窓口の人は怒らせる
はじまりはじまり
この物語は瘦せ型・猫背のまるでやる気を感じさせない半目の男が、ダンジョン管理事務局という役所の冒険者相談窓口という所で、何故か北の国からやってきた若き女性神官に、明らかにブチ切れられた瞬間から始まる。
「いやだから…」
「お話になりませんわ!!失礼します!!」
バーンと、ダンジョン攻略課の冒険者相談窓口の机を両手で思い切り叩き、その勢いで立ち上がった若き女性神官は、窓口に座ったまま彼女を追う素振りも全くしない男を振り返る事なく、ダンジョン攻略課の入り口のドアに目掛けて早足に立ち去っていく。
窓口に座っていたエナミ・ストーリーは女性神官が入り口のドアを凄い勢いで閉める後ろ姿を座ったままで呆然と見送りながら、木製の机の振動が落ち着くのを待って、自分を落ち着かせる為に一つため息をつく。
隣の窓口に座ってる今年で冒険者相談窓口3年目のレラが、ため息をついたエナミを確認してから彼の方を向き、椅子を滑るように寄せながら、口元を隠して小声で耳元に声をかけてくる。
「……エナミ先輩ぃ、またですかぁ」
「えっ?いやだってさ。向こうが現実も知らないでだいぶ無茶な事を言い出すから、そこを少し指摘しただけなんだけど、急に怒り出して後は何だか知らぬ間にこうなって出ていったよ」
「言ってる事は分かりますけどぉ、私がちょっと向こうが興奮してきた所から聞いてたらぁ、先輩の言い方が悪かったですってぇ」
「そうかなぁ、あれでも柔らかく言ったつもりだけどな」
「そうですよぉ。先輩の一言多い言い方スイッチが入ったみたいに、半目になってぇ、何故そのような事も理解すらなさらないのに、メリダダンジョンの八階から十三階まで駆け抜けて行けるとお思いになるのですかってぇ、あのどう見てもプライドが高い女性神官さんにはぁ、わざとらしい敬語満載の言い方がとても癇に障って冷静さを保つなんて無理ですってぇ」
レラはジト目で彼を見てくる。エナミは彼女のやたら上手い自身の物真似に感心しつつも、少し慌てて言い訳を続ける。
「でもレラも会話を聞いてたら分かると思うけど、彼女が言ってる事は無茶は無茶だからさ。女性神官のソロでメリダダンジョンの十三階にある「聖なる夜の灯り」をどうやったら採れますか?って訊かれたから、そもそもブロンズランクの女性神官が現状やっとの事で、メリダダンジョン八階を攻略していらっしゃる立場なのに、十階から出てくる討伐推奨ランクがシルバーランクのオークはどうされるおつもりですかって訊いただけでしょ?」
「そこは先輩がちゃんと十三階の「聖なる夜の灯り」の採り方だけ教えてあげたら良かったんじゃないですかぁ?あの人、まだ自分には十三階の攻略はまだ早いって分かってたと思いますよぉ。それをオークの倒し方もトラップの事も訊かずにその先の事を考えるなんて、さぞ優秀なブロンズランクなんでしょうねってぇ。おまけに、あぁ、もしかしてオークの事もトラップの事も知らずに僕に聖なる夜の灯りの話をした訳じゃないですよね?ってよけいに煽ってぇ。向こうはめちゃめちゃ馬鹿にされた感じでダンジョン攻略課の相談窓口やってるエリート職員に皮肉を言われたって思ってますってぇ」
レラは自分にはちょうど窓口対応が無かった為に、隣の窓口で交わされた二人の全部の会話を盗み聞いていたようだ。普段はレラを指導する側のエナミは立場が逆転したみたいだなと苦笑いしながら答える。
「それはしょうがないだろ。こっちは冒険者の命の重さを第一に考える、ある種彼らの引き止め役なんだからさ。そういう意味では冒険者に嫌われてなんぼなんだけど、彼女はプライドの高さから無理に十階以降も挑戦する可能性もありそうだったし、ちゃんとその危険性を言っておかないとね。…それに」
「それにぃ?」
「冒険者に成り立てのブロンズランクの人達は、みんなメリダダンジョンは九階までは楽に行けるって周りの評判で知ってるから、こんなもんかって勘違いしてこのダンジョンを舐めてかかって、ろくに準備もせずに十階まで突っ込んでいって、待ってましたとトラップに引っ掛かってオークに狩られて大怪我するか、死んじゃうのが定番のパターンだからさ、言っておかないと可哀想でしょ」
レラは、はぁ~っと小さく息をつく。
「それを優しく言ってあげればぁ、彼女もあんな風に顔を真っ赤にして、大声出して机をたたいて怒って帰らなかったと思いますぅ」
「いやいや、本当にダンジョン攻略課としては安全第一で考えてもらいたいからさ、どんな考えでそんな危険な真似をするって言ってるのかはちょっとキツめに確認しないと。冒険者に対しての効果的な安全性の注意喚起も相談窓口のとても大事な仕事だから」
「うーん、先輩は言ってる事は毎回正しいですけどぉ、ああやって帰られたらなんにもならないじゃないですかぁ。またダナン課長に呼びだされますよぉ」
人の居なくなった冒険者相談窓口でコソコソと二人で話してると、窓口の後方に並ぶダンジョン攻略課の二十以上ある机のうち、一番奥に座り、机に肘をつき、両手を顔の前で組んだやたら体格の良い中年の男性から低く抑えられた地の底から響くような声が聞こえた。
「エナミ君、ちょっと良いかな」
「ハイ!!」
何故かその中年の男とエナミが声を発したその瞬間だけはダンジョン攻略課のフロアは切り取ったように静寂に包まれ、染み渡るように二人の会話が聞こえる。
「エナミ君、早く……」
「ハイ!!」
「噂をすればぁ……、先輩ご愁傷様ですぅ」
レラはその声が聞こえた瞬間には椅子を滑らせ、隣の窓口に戻り、ダンジョン攻略課の入り口の方を向き、独り言のように呟くも知らん顔をしてる。後ろに立ち並ぶ20もの机で作業してる筈の他のダンジョン攻略課の冒険者相談窓口の職員達も、関わらないように書類を食い入るように見ている。
ダンジョンの最深部から聞こえる地鳴りのような声に呼ばれたエナミは、飛び上がらんばかりの勢いで固い木製の椅子からすぐに立ち上がり、ダッシュで一番奥の机に向かう。
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