第二十七話 相談窓口の人は新星冒険者を困惑させる
自分の発言で、少しご機嫌斜めになったレラを甘いデザートで宥めつつ、穏やかに昼休みを過ごすと、エナミには午後1番にサーヤタイムが待っていた。ドアが勢いよく開くものとエナミは構えていたが、サーヤはいつもの時間には来たものの、ガチャッとドアを優しく静かに開けて、肩で風を切ることもなくオドオドして挙動不審に歩いてやってきた。
エナミはサーヤがいつもと違い、入口から変な歩き方をしてるなと、背もたれから軽く背中を離して注視していた。サーヤはそんなエナミにしっかりと見られているのに気づくと、父親のケビンにこの間言われた事をつい思い出してしまい、段々とガチガチになって、最終的にはブリキのおもちゃのような、ぎこちない歩きで窓口までやってきていた。
ようやくエナミの相談窓口の前に着いた時には、息でも止まってるんじゃないかと心配に思わせるくらいに、顔は真っ赤になっており、直接見られている恥ずかしさからピンと背筋を伸ばし過ぎて、若干背伸びで立っているような感じになっていた。
「…サーヤ様、こんにちは。ちなみに今日はどうかされたんですか?調子がだいぶいつもと違いますが…」
「?!何でもないわ、いつも通りよ!!」
「そうですかぁ?なら構いませんが…あの、いつもの少し高慢な感じにしてもらっても良いですか?」
「高慢ですって?!そんな事ないでしょ!!それに、私はちゃんといつも通りじゃない?!」
声高に叫ぶサーヤだが、何故か窓口の向かい側にいるエナミとは全く目を合わせない。ダンジョン攻略課に入ってきてから終始落ち着かずソワソワしている彼女に、エナミはだいぶ面倒くさくなり、着席を勧める。
「…ではどうぞ、サーヤ様。おかけ下さい」
「そうね、ありがとう。座らせてもらうわ」
「それで四十八階は何処まで進みました?」
「ええと、ちょうど三分の一位かしら。大体この間教えてもらったエリアは大体回れたと思う」
「ちょっと地図を用意しますので、確認しましょうかね…」
サーヤはメリダダンジョン攻略の話になると、目は中々エナミと合わせられないが、途端に対応が滑らかになる。このまま上機嫌でいてくれればまあ良いかと思いながら、エナミは四十八階の次の三分の一位の地図を詳細に説明し、攻略法や注意点を案内する。
ちなみにメリダダンジョンは階層を重ねるとどんどん広くなっていくタイプのダンジョンで、十階までは上手くすれば半日帰りも可能、四十階までは1〜2日がかり、四十階以降は4日がかりで移動が可能で、六十階以降は一階層毎にマップの広さが違うため、不明とされている。
ただし、この移動日数の目安はあくまでもダンジョンでのモンスターとの遭遇やトラップを無視したもので、単純な移動距離と8時間程度の休憩をとる事前提の目安で、実際は何倍もかかるケースが大半だ。
ただしこのダンジョン内での移動に関する問題も、約二百年前にダンジョン内で発見され、その後ダンジョン開発研究所での複製が出来るようになったダンジョンリングと呼ばれる指輪により解決へと向かっていった。
冒険者がダンジョンの入り口から最新攻略地点までの往復を、その冒険者の意志一つで一瞬で出来るようになった事で、その負担も大幅に軽減した。
今では冒険者候補の国営冒険者アカデミーの卒業と同時に、このダンジョンリングをそれぞれに渡され、自分の物として決して盗まれたり無くしたりしないようにするのが、冒険者としての第一歩とまで言われている。
話は戻るが、サーヤがこの4、5日で四十八階の三分の一をクリアするというのは非常に速いペースと言える。それくらいにエナミの適切なアドバイスと、サーヤの万全の準備の元、攻略が順調に確実に進んだと言えた。
今日の態度はおかしいものの、ちゃんと攻略は出来ている事が確認出来た為、このままでは間違いなく約束を盾に何かやらされるなと苦笑しながらエナミは、満足げに相談を終えたサーヤを見つめる。
サーヤはいつものダンジョン攻略の話でリラックス出来た為か、すっかりいつもの感じでエナミに話していたが、話が終わった事にまたシチュエーションに気づいて、ふと我に返ってしまい、彼の目を見て、また顔を赤くした。
「また何だか変な顔をされてますが、今日は本当にお忙しい顔ですね」
「もう、誰のせいだと思ってるのよ!それに変な顔じゃないわ、緊張しちゃってるだけなんだから!」
「えーっと、サーヤ様を緊張させるような事は、私には身に覚えが無いんですが?」
「でしょうね!でも、私の父があなたに何か先走った事を言ったの覚えてないの?」
「あぁ、ケビン様ですか?そう言えばこの前わざわざ場末の居酒屋に来て…」
「もう?!わ、分かったならそれ以上言わなくて良いの!隣には他人も居るのよ!」
サーヤは顔を赤らめたまま、慌ててワタワタと両手を前に出して振って、眼の前のエナミに話の続きをさせないように妨害しようとする。
エナミはケビン様には本当に振り回されるなぁと思いながら、サーヤの不可解な言動の原因に思い当たった為、冷静な目で彼女を見ながら、一度咳払いをして間を取り、彼女が落ち着くのを待ってから声をかける。
「サーヤ様、とりあえずケビン様の言動は気にしないでもらっても良いですか?まずはダンジョン攻略に集中して下さい。史上最速の五十階の攻略ですよ?そんな浮ついた雰囲気では足元掬われかねないですよ」
「言われなくても、分かってるわ!ちゃんと準備してるんだから!」
「そうです。ちゃんと攻略は出来てます。その意気ですよ、サーヤ様」
一言でサーヤの気に障ったのは分かったので、直ぐにフォローに入る。それからエナミは今日は本当にしょうがないなと諦め、窓口からスッと立ち上がり、向かいに座るサーヤの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。彼女はあまりの事に不意を点かれて、固まったまま動けなかった。
「だから五十階を攻略したら、ちゃんとご褒美も準備してますから。サーヤ様との約束も私は忘れてませんよ」
「ご褒美…、約束…」
エナミはゆっくりと耳元から離れると自分の窓口の席に戻り、呟くサーヤに頷く。彼女は目を見開いたまま、固まっていた。
サーヤはこの場所が何処なのかも分からないくらい動揺しており、エナミに囁かれた言葉と、彼からほのかに感じたベルガモットの香りしか感じられなかった。
「はい。なので後三階、一緒に頑張りましょう」
「…うん、分かったわ」
サーヤはブリキのおもちゃのようにぎこちなく立ち上がると、そのまま夢遊病者のようにフラフラとダンジョン攻略課の入口から消えていった。
しかしその顔はニヤケきっており、自動制御されたルンバのように家に帰りつくまで、道行くすれ違う人々に何度かぎょっとされていたが、妄想の世界に飛んでいたサーヤにはそんな事は関係無かった。
その後たどり着いた家の門番に「お嬢様、どうなさったのですか?」と訊かれるまで、彼女はそこがブルックス家の門前だとも気づいていなかった。ハッとして、「何でも無いの、ありがとう、いつも」と満面の笑顔を見せながらも、ダンジョン攻略の際に強力過ぎるモンスターから逃げるように玄関に消えていった。
もしかしたら生まれてきてこの日までで、サーヤ・ブルックスにとっては最も幸せな一日だったかもしれない。食事を終え、入浴等の身支度をし、ベッドに入り、眠りにつくその瞬間まで、今日のこの日の出来事が夢でないように彼女は祈っていた。
彼女はこんなはずでは無かったのに…。
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