第二十五話 相談窓口の人は上司と真面目に話す
レラがミゲルへの対応に勤しんでいる時、エナミは相談窓口の対応をしていた時の冷たい目で周りを威嚇するような事はせず、あきらめの顔でトボトボと一番奥のダナン課長のデスクに顔を出していた。
すでにジュリアーナの相談に関してはほとんどの対応が済んでいたため、「あとは資料をよく読めば次の九階は問題ないですよ」と声をかけ、本人も満足げにお帰り頂いた。
トボトボとまるで死刑台に向かうような気持ちで、静謐な二十もの綺麗に並ぶデスクの横を通り過ぎ、ダナン課長の前に着く。当然阿修羅像の顔がエナミの目の前にあるが、しかしその顔は安寧をまとっていた。
「課長、少しよろしいでしょうか?」
「エナミ君、自分から私のデスクに来るとはどういう了見だ。午後に雨でも降らせる気かね?」
「いえ課長、先ほどのレラ担当の冒険者、ミゲル様とのやり取りを経緯説明だけでもさせてもらえればと。後、冒険者廃業届けを窓口まで持って来ていただき、ありがとうございました。あのタイミングで貰う事ができて、彼との話がスムーズに運べました」
エナミは深々と一礼する。ダナンは軽く片手をあげて、やめるように促す。そのやり取りをこっそりと見ていた他のデスクで働いていた冒険者相談窓口の同僚たちは、いつもの課長と違い、全く威圧的ではないその態度に驚いていた。
「気にすることはない。上司の当然の仕事として騒動を見ていただけだ。あの若い大剣使いがエナミ君にもし襲い掛かっていたら、守らなくてはならないからな。だから事の経緯の大体のところは把握しているつもりだから、詳細な説明は不要だよ。ただ今回のあのやり取りの中で、君にも分かった事があると思う」
「はい、明確な問題点を認識しました」
「……その問題点はエナミ君がこのダンジョン管理事務局の中だけでなく、一部の冒険者にも侮られているという事で良いかね」
「はい、力が及ばず申し訳ありません。いつもご指導のほど、ありがとうございます」
「いや、定型的なやり取りは今回に限っては必要ない。私が言いたいのはそこではない。そんな事よりも、この問題を解決する気があるかないか…エナミ君、これは君次第だという自覚はあるかね?」
エナミと課長のダナンはお互いの目を真摯にみる。エナミは目の前の阿修羅像がどんな顔をしているのかまったく気にしなかった。周りのデスクから紙をめくる音だけがやけに響く中、10秒ほどお互いに沈黙がおりる。
エナミは咳ばらいを一つすると頷き、口を開く。ダナンは目を切らずに、彼が言う答えを確認する。
「……私自身、分かっているつもりでした。しかし、自分が想定していたよりも状況が酷かったと認識を改めましたので、この件に関しては問題の解決に向わざる得ないので対応したいと思います」
「ならばよろしい。この冒険者相談窓口で一番聡明な君の事だ。メリダダンジョンの事だけでなく、当然、あらゆる問題に対して解決策もあるだろう。任せても構わないかね?」
「はい、先ほどの件の対応中に問題解決プランを修正しました。今回はこれで大丈夫かと思います。もし駄目なら、当然対応させていただきます」
「そうか」
話に聞き耳を立てていた職員達はここまでのやり取りで、ダナンが皮肉ではなくエナミを最大限評価していることを初めて知った。そして二人のやり取りの意味が半分より先は意味が分からない事も思い知った。
エナミは一度会話が切れたのを見計らい、ダナンにちょっと困った表情をする。ダナンは何かあると察し、一つ頷くと先ほど同様に周りには聞こえないよう透明な障壁を張った。障壁が張られたのを確認し、エナミは話を再開した。
「ただ」
「ただ何かね?」
「私の一存だけでは、決められない点があるので、そちらの確認と場合によっては先方の承認を得なくてはなりません。少しお時間いただいてから、課長には全体の報告をさせていただくかと」
「分かった。それは私も了解した。いつぐらいになるかね?」
「先方の都合も確認しておりませんので、およそになりますが1週間程度かと」
「…そんなに早く可能なのかね」
「おそらくは」
「すごいな。それなら、なんの問題もない。励み給え。後は報告を待っているよ」
「はい、ご期待に添えるように頑張ります」
エナミは再び頷く。会話に聞き耳を立てていた他の職員達は何故聞こえないのか首を傾げる事なく諦めていた。ダナンのスキルで消音されてしまう事は何度もあった為、自分達が触れて良い話でない事が分かったからだ。
周りの職員が注意を払ってない事を確認したダナンは障壁を消す事なく、先程より険しい顔でエナミに話しかける。背中の阿修羅像も圧が増し、能面のような顔になった。
「所で、エナミ君。話は変わるが…」
「はい、なんでしょう?」
「本命は誰なんだい?」
「はい?本命?」
「分かっていると思うが、この国は一夫一妻制などという事は無い。故に君のような前途有望な人間ならば、何人でも妻として娶る事が出来るとは思う」
「はぁ」
エナミには普段なら恐ろしい筈の阿修羅像の能面の顔が段々とふざけて見えてきた。ダナンはそんな呆れた空気の変化に気づきもせず、独白のように話を続ける。
「しかし、そうは言っても君にはサーヤ様という明確なお相手がいる。この前のケビン様との約束は覚えてると思うが、」
「課長」
「何だね?」
「戻っても良いですか?」
「いや、まだ続きがある。確認だが、レラ君やジュリアーナ君とは何も無いんだね?」
「アホらしい。さっきまでの空気を返して下さい。エナミは次の冒険者相談に戻ります」
「待ち給え、エナミ君。この話は」
「課長、失礼します」
「クソ、何故だ。自分で張った障壁から出られない?!エナミ君、何かしたかね」
「課長、あまり興奮しないように。血圧が上がりますよ」
深いため息をつくとエナミは振り返り、手を振りながら冒険者相談窓口に戻っていく。ダナンはそんなエナミを止める事も出来ずに、デスクにて自分が張った筈の透明な障壁と格闘していた。
背中に見える阿修羅像は能面の顔のままだった。
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