第二十二話 相談窓口の人は後輩を助ける 3
「ルール?この部屋の外に貼ってあるあの相談窓口のスケジュールっていうでかい紙を剥がして持ってっちゃいけないって奴だろ。それくらいは知ってるさ」
「いえ、その事ではありません。それに関しては冒険者以外も剥がして持っていった際はちゃんと罰則規定がありますから。今回ミゲル様に確認しているルールは国営冒険者アカデミーでの冒険者候補の研修の際に、最初に必ず忘れないようにと教官から指導があったルールかと思いますが、お忘れなんですね」
「あぁ!!お前はやっぱり俺を馬鹿にしてるのか?」
「はい、非常に残念ながら、今回の場合は」
「くそ?!何だと!!」
「ですから、こうしてレラではなく、私がお伝えしているのです。その冷静さを欠いた態度を改め下さい。これから罠が増えるメリダダンジョンの十層階以降ならいつでも死んでしまいますよ、ブロンズランクの未熟な大剣使いさん」
「くっ?!」
エナミはただただ冷たく静かな声で言い募る。その瞳にはミゲルをまるで興味が無い、その辺に落ちているゴミでも見るように、何の感情もうつしてはいなかった。
実際の所、エナミはこれから起こる色々な事の半分以上を諦めていた。
一方のミゲルは自身のメリダダンジョンの最深部である7層に潜ってても、命の危険を現在のこの状況下でエナミに対して感じている程のものをここまで感じた事は無かった。
それは狼狽えながらもエナミに対峙するミゲルの隣で座っていたジュリアーナも同じ事で、エナミの巫山戯たやる気無い態度は見慣れ始めていたが、こんなにも冷たい態度と表情をするのを初めて見た。
エナミは右手の人差し指を顔の前にゆっくりと立て、窓口の向かい側に佇むミゲルに醒めた視線を向けたまま、静かに呟く。
「ミゲル様、冒険者相談窓口には明確なルールが1つだけあります」
「1つ…」
「はい、1つだけです。これを機会にお覚え下さい。それは他の冒険者の相談の邪魔を決してしてはならないというルールです。あなたは今回それを明確に違反なさいました」
「そ、そんな些細な事になんの問題があるって言うんだよ…」
「そうですよね、お忘れという事はやはりその程度の認識だったのですね」
「えっ…」
エナミは顔の前に立てた人差し指を横にふるとともに、首も数度横に振る。しかも視線は醒めたものではなく、哀れみに変わっていた。ミゲルにはその目で見られる意味が全く分からなかったのでただ呆然と呟いていた。
「ミゲル様は当然ご存知だと思いますが、ここダンジョン攻略課の冒険者相談窓口には冒険者か、冒険者候補の人間しか基本的には来ません。特にここのシステム上、相談窓口の利用日には同一ダンジョンを攻略している冒険者が来られる事が多い為、相談時間はなるべく他者と重ならないように、冒険者の皆様は気を使われています。同じダンジョンを攻略する冒険者で、しかも近い階層を攻略している者が二人といれば畢竟トラブルが起こることは明白ですからね。ですから、いつも通りにジュリアーナ様はこの時間に来られていますが、今回はミゲル様がいつもの時間から遅れていらっしゃった為に不幸にも重なりこの様なトラブルが起きてしまった次第です」
エナミは諭すようにミゲルに囁く。その言葉はただただミゲルの身体に浸透していく様だった。
その横で当たり前過ぎる事を聞かされているジュリアーナは一瞬、エナミの雰囲気に飲まれそうになるも、自分には関係無い話と思い直し、メリダダンジョンの資料に目を落として読み進める。
「ちょっと脇道に逸れましたが、そのような経緯の為、この冒険者相談窓口には決して他の冒険者の相談の邪魔をしてはならないというルールが出来たのです。当然このルールを破れば、一年の冒険者相談窓口の利用停止とランクの自動降格という厳しい罰則規定があります。」
「1年?!そんな、重すぎる!!」
分かっていなかったミゲルはつい叫んでしまう。デスクで作業していた他の職員達も手を止め一瞬反応するが、エナミの態度を見てすぐに作業に戻る。
「はい、これはアルミナダンジョン国の建国当時は特に、冒険者相談窓口の安全性、信頼性を高める為に必要な措置だったのです」
「必要な措置…」
「ダンジョン攻略課の中では普段競っている冒険者同士でも、トラブルは起きないという信頼の元に円滑にダンジョン攻略の相談が出来るシステムとなっているのです。冒険者候補時の国営冒険者アカデミーの研修でも同じ内容の説明があったかと思いますが、当時はその言葉の意味の重さを十分に理解されていなかったのですね」
エナミは上げていた手を下ろし、ただただ悲しげにため息をつく。さっきまで苛つき、興奮していたミゲルに、その熱が微塵もなくなったからだ。彼は目の焦点が合わずに青褪め、立ったまま全身で震えていた。
「今回の説明でご理解いただけましたか?今の貴方の立場が。ブロンズランクである貴方が今、何も考えずに高飛車に冒険者相談窓口で行っている行為は、自ら冒険者資格を敢えて剥奪されようとしてる自殺行為なのです」
「俺が冒険者を辞めさせられる…」
「いえ、ミゲル様、この場合は自ら積極的に辞めようとしているが正解です。現に後ろのデスクの最後尾にいるうちのダナン課長が今こちらに持ってこようとしている書類が分かりますか?あれは我々の中では、課長決裁が必要な貴方に書いてもらう為の書類です」
ダナンはいつもの阿修羅像のオーラを背中に背負いながら、こちらにゆっくりとやって来ていた。しかも静かにやってくるその背中に見える阿修羅像の顔は普段の憤怒ではなく哀しみを湛えていた。
ダナンはエナミの耳元で一声かけると少し言葉を交わして、一枚の書類を窓口の机の上に置き、自分のデスクに戻っていった。エナミはその机に置かれた書類を一瞥すると、そのままミゲルの前に滑らせる。
「これは…」
「中々見る機会は皆様の段階だと無いと思いますが、冒険者廃業届けです」
「…本気なのか?」
「我々がこの場で嘘をつくとでも。今も説明させていただきましたが、他の冒険者の相談窓口への不介入はこの冒険者相談窓口では決して軽んじる事は出来ない唯一無二と言っていいルールです。大変言い難いのですが、当然それだけの覚悟を持って先程の立ち振る舞いを行ったと、この場では解釈されます。知らなかったでは通らないのです」
エナミは、ミゲルが震える手で冒険者廃業届けを持ち、一言一句食い入るように見つめるのを、変わらぬ哀れみを湛えた目で観察していた。
暫し時間が経ち、ジュリアーナの資料を捲る音がするだけの場で、ミゲルがようやく亡霊のような目をしてこちらを向くと、エナミは静かに但し確実に相手に届くように呟く。
「この冒険者相談窓口は皆様に平等です。決して感情に身を任せて対応する事はございません。それはダンジョンで皆様がなさる生死を分かつ判断と変わらぬ崇高なものと、我々職員一同考えております。」
エナミは隣に行くようにミゲルに手で促しながら頭を下げる。
「どうぞ、担当のレラとご自身の身の振り方を相談する為に隣の冒険者相談窓口にお戻り下さい」
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