第十九話 相談窓口の人は狙われる 3
バタバタと逃げ去っていく四人組を見ながら、エナミはホッと一息つき、「マスター、俺とこの人にもう一杯ずつね!!」と背中を預けていたカウンター越しに振り向いてお金を出しながら、マスターに声をかける。
居酒屋のマスターはヤレヤレと肩をすくめるジェスチャーをすると、カウンターに置かれたお金を手にとり、お酒の用意に向かう。タナカはカウンターに座るエナミに勧められて、彼の隣の席に丁寧に腰掛ける。
「しかし宜しかったのですか?」
「何がですか?あぁ、あんな奴らに名刺渡しちゃマズかったですかね?」
「いえ、そこは冒険者相談窓口のエナミ様の判断なので職務上何ら問題はないかと。ただ明後日の朝イチに冒険者相談窓口に来いと言って呼び付けると、窓口でまた会わせたくない方と彼らでかち合いやしないかと」
「今はそんな他人と揉めそうな奴は担当してませんから。俺とは揉めることはありますけど。まぁ、さっきの連中が来るかどうかは分かりませんし。かち合ったらかち合ったで何とかしますよ」
カウンターにマスターが静かに2杯の酒を置いていく。二人はそっとグラスを合わせ、チンッと高い音がなる。エナミは嬉しそうにチビリと一口つける。タナカはグイッと一息で杯を空け、次の一杯をマスターに頼む。
元々保安部の人間が、ましてや部長クラスがこうやってボディガードに付くのは、いかに冒険者相談窓口の担当職員が優秀とはいえ明らかに異例の事だ。
この国の金の卵を生む冒険者相談窓口に対しての防犯で、担当者が街で誘拐される様な事の無いようにという意味では、そもそもスラム街近くのこんな呑み屋に近づくような事は窓口担当職員はしないし、彼らは出張以外でほぼ生活の全てが完結する官庁街のエリアから出る事さえまずない。
万が一官庁街から出る際は今回のように保安部が動くが、部長職は当然出てこない。ただエナミが20才になり、アルミナダンジョン国の合法的にお酒が呑めるようになってから官庁街を避け、こうやってスラム街で飲み歩くので、しょうがなく張り付く様に保安部が警護していた。
エナミはその当時、冒険者相談窓口に勤務して5年が過ぎ、厄介事が増えてきた。勿論転属希望届けを出さない事による上司からの圧力もその一つではあったが、彼の担当冒険者達がゴールドランクに8人、プラチナランクに2人も昇格していた為、その件に関しては上司との波風は抑えられていた。
既に冒険者相談窓口の担当者として、これだけの数と質の上位ランク冒険者を育成した人間はいない為、ダンジョン管理事務局の上層部も仮に転属希望届けを出されても何処に転属させていいか、判断に非常に困っていたからだ。エナミの厄介事が増えたのはむしろそれ以外の事だった。
当時のダンジョン攻略課課長はサーヤの冒険者デビュー時もいたが、ゴールドランク相当の実力者とは言え、珍しく保安部からではなく、ダンジョン資材部出身の人間であった。彼はエナミの入局後3年目に人事異動でやって来ていたが、既に担当していた冒険者をゴールドランクに3人も昇格させるなど、相談窓口として、冒険者の育成能力に驚異的な実績をあげていたエナミの名声をなるべく自分の手柄にしようと画策していた。
その時、ちょうどダンジョン資財部出身のメリダダンジョン担当の冒険者相談窓口の人間が二人いた。二人とも2、3年目で、担当冒険者もシルバーランクで20階前後をウロウロしてるような状況だった。
すぐに課長権限でエナミがその時担当していたゴールドランク直前の冒険者を2人に担当替えさせた。その後もゴールドランクに昇格しそうな冒険者がエナミにいれば、適当な理由をつけて、出来得る限りエナミ以外の相談窓口に振り替え、他の人間が昇進する手助けをしていた。
それでもエナミがそれからの3年で、5人のゴールドランク、2人のプラチナランクの冒険者を昇格させたのは、圧倒的な冒険者育成能力がエナミにある事の証明であると言えた。内情を知っている当時のダンジョン攻略課の他の職員からすれば、本来であればもっと多くの実績がエナミにあったのは明らかであった。
こうなるとダンジョン攻略課としては、メリダダンジョンの冒険者相談窓口の担当だけが圧倒的な実績を上げている歪さが、逆に問題として浮き彫りになろうとしていた。
普通なら有り得ない事だが、プライドが高い他のダンジョンの相談窓口担当者自身の出世目的で、上司との定期面談の際にメリダダンジョン担当の冒険者相談窓口になりたいと希望を言い出す始末であった為、当時の課長は自身で付けた火の火消しに躍起になっていた。
またこのタイミングの前後くらいから、エナミへの同僚職員の感情がネガティブなもの傾いていった。余りにも多い担当冒険者のランク昇格実績、またメリダダンジョン担当の同僚の昇進の速さがダンジョン攻略課の中で目立ち過ぎたのだ。
その異常さはトップエリート達の集まりであるが故に、メリダダンジョンの担当者は何かズルでもしてるんじゃないかと思いだすには十分で、尚且つ彼のいつまで経っても転属希望届けを出さず、昇進しない状況が後押しし、上司に歯向かったか問題を起こしたかで昇進出来ないんじゃないかと噂になり、彼の事を「末成りの物語」と陰で言い始めた。
王立アカデミー卒業後、直ぐに冒険者相談窓口になったエナミの事を妬ましく思う者は多く、異名と悪い噂はダンジョン管理事務局にあっという間に広がった。
このような経緯でエナミはダンジョン攻略課のみならず、ダンジョン管理事務局自体にも中々味方がおらず、居づらい環境になっていった。その為、なるべく定時で仕事をあがり、関わってもろくでもない周りと関わらないように彼らが間違いなく来ないであろう、スラム街の呑み屋に顔を出すようになったのだ。
エナミの表と裏の両方の評価に関してはダンジョン攻略課より上層部の人間は非常に理解しており、ダンジョン管理事務局になくてはならない存在として、どう長くいてもらうか、どう昇進させるか、どう組織に取り込むかに焦点が当たっていた。
その為保安部による警護も、裏では現在アルミナダンジョン国に入り込んでいる、事情を知った余所の国へのエナミの亡命や、アルミナダンジョン国の5大ダンジョンの情報漏洩を監視する目的もあったのだ。
それからの7年でエナミはオリハルコンランクの冒険者を排出するという前人未到の個人の実績のみならず、相談窓口全体の業務改善を図り、着実に5大ダンジョン全体の攻略実績を更新させ、徐々に冒険者相談窓口の歪さも改善させていった。
この経緯からエナミ個人の価値がダンジョン管理事務局では収まらずに、アルミナダンジョン国そのものにとって非常に価値のある存在となっていた為に、ダンジョン管理事務局の上層部の判断で、保安部の部長が警護に当たるようになったのだ。
「エナミ様は本当にご自身の価値に無頓着が過ぎます。あれで絡まれてもし何かがあったら…」
「そんな事はないですって、タナカさんもご存知の通り、俺はただのダンジョン馬鹿ですから。みんながそれを勘違いして持ち上げてるだけですよ」
「…本当に勿体無いですなぁ」
「まぁ、今日は難しい事考えずに呑みましょう。タナカさんが横にいたら、これ以上変な虫も寄って来ないでしょ」
「しょうがないですな、今日はとことんお付き合いしましょう」
「ハハッ、そうこなくっちゃ」
二人は笑顔でカウンターで乾杯すると、夜はどんどん過ぎていった。
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