第十七話 相談窓口の人は狙われる 1
レラが職場で微妙な気分で仕事を片付けている頃、ちゃんと定時でダンジョン攻略課を上がった後、エナミは今日こそ邪魔されずに自分の時間を過ごそうと、スラム街の居酒屋「その力は何時の為に」に顔を出すと、「マスター、いつもの!!」の大きな掛け声と共にカウンターに座る。
エナミは流れるようにマスターがカウンターに置いた酒を二杯引っ掛けると、前回の様な面倒事が無いか注意深く周りを見渡す。すると前回とは違い、テーブル席に座ってくだを巻いてニヤニヤしていた、どうにもこちらの素姓を分かっている感じの四人組のガタイの良いスラム街の連中と目が合う。
面倒事にならないと良いけどなぁと思ってるのはエナミの側だけのようで、こちらと目があった後はニヤニヤと目線で会話をしながら、テーブル席から立ち上がりゆっくりと肩を聳やかして、向こうの四人組がやってくる。
カウンターのエナミに後3メートル位の距離までやって来ると、四人組は彼を逃げられない様に取り囲むように立ち、その中でも1番大柄な無精髭の男が声をかけてくる。
「ヘヘ、よう、あんた、有名人なんだろ」
「有名人?」
「そうそう、この間もあのテーブルでこっそり見てたら、エライ金持ってそうな場違いな中年の二人組に奢ってもらってたろ」
「あぁ、あれは偶々だよ。知らない二人に恵んでもらって、飲み代が浮いてこっちは大助かりさ。まぁ、いわゆる幸運ってやつさ」
「そうかい、アンタが羨ましいなぁ、俺達にも幸運を恵んでくれよ〜」
「あぁ、そういう事か、分かったよ」
「おう、わかってくれたなら嬉しいね」
四人組はニヤニヤした笑いを変えずに、カウンターに座るエナミに更に1メートルは近づき、明らかに取り囲む。エナミはこれだからあんな風に目立つ事されるのは嫌だったんだと思いながらも、そんな事は態度にはおくびにも出さず、こちらもニヤニヤしながらカウンターにお金を置きながら、マスターに声をかける。
「マスター、彼らにも一杯ずつ!!」
「素直にありがとうよ、ゴチになるぜ。ただ足りねえなぁ」
「足りない?足りないってどういう意味だ?こっちはあんた達に幸運と呼べるには十分な対応をしているぞ。もしもこれ以上を求めるなら…」
空気が不穏になる。エナミを取り囲む男達は抜け目なく圧力を強める。エナミはそんな圧力を意に介せず飄々とした態度を変えず、ニヤついたままだった。マスターは不穏な空気にも関わらず、カウンターに酒を一杯づつ出しながら、ため息をつく。
ため息をつかれた四人組はカウンターに置かれた酒をそれぞれ一気に飲み干し、ニヤついたままのエナミを睨みつけ、手の関節を鳴らしたり、威嚇する。
「やってくるぞ」
「あぁ、何言ってんだ、お前?何がやってくるんだよ!」
「ほら、もうやってきた」
「はぁ?」
四人組の男達は、取り囲んで威圧している自分達を歯牙にもかけずにニヤついたままのエナミに、顎を軽く突き出し後ろを見るよう促されるのを腹立たしく感じながらも、スラム街の住人特有の警戒心から素早くバッと振り向く。
そこには場末の酒場には場違いな、パリッと糊のきいたYシャツに、手入れの行き届いた光沢のある黒スーツを着こなした、ロマンスグレーをキッチリと七三になでつけた男がステッキを片手に持って立っていた。
四人組が彼を把握した事を確認すると、コツコツとステッキの音を立てながら、歩いてエナミ達の方に近づいてくる。その距離が5メートルほどになると、四人組はエナミでは無く、正体不明の彼を警戒しながら取り囲み、威嚇する。
「誰だ、てめえは!!」
「エナミ様困ります。毎回このような形で私どもを使うのは、本来の警護目的とは異なります。上司にもなんて報告すれば良いやら頭を悩ませてるんですよ」
「申し訳ない、タナカさん。いい加減この近辺の人達も分かってくれてると思ってたんだけど、まだ跳ね返りがいたんだよね」
「まったく…、本当に貸しですからね。何か良い言い訳を一緒に考えて下さい」
「はは、流石タナカさん。恩にきります」
「おい、お前ら俺等を無視して、勝手に話進めてんじゃねえぞ!!」
威嚇する四人組を無視して、エナミと困った顔をしたタナカと呼ばれた男は勝手に話を進める。エナミが頭を下げながら手を合わせるのを確認し、タナカと呼ばれた男は細く息をつくと、スーツの内ポケットから、四人組に名刺を差し出す。一瞬のうちにポケットから出された名刺を警戒する間もなく、彼らの前に出される。
「私こういうものです」
「はぁ?」
綺麗な所作に慣れていない四人組はそれぞれつい受け取ってしまった名刺を見入る。そこには「ダンジョン管理事務局 保安部部長ジョージ・タナカ」という連絡先など無い、ただ所属と名前だけが太字で書かれていた。ピンと来ないようで首を傾げる四人組にエナミは後ろから声をかける。
「名刺見ても分からないと思うから説明するけど、タナカさんは俺のボディガードだよ。ちなみに保安部部長職の強さは、最低でも冒険者ランクでプラチナランクはあるね」
「またまた大雑把な説明ありがとうございます。現状、理解力が乏しい方々にはそれでも十分でしょうが」
「えっと、もうタナカさんメリダダンジョンの踏破階層は五十三階でしょ?保安部の部長になった頃は四十二階で、ここ四年の仕事の休みの日だけでそれだけ進めたら、怪物だよね」
「過分な評価ありがとうございます。それもこれもエナミ様のアドバイスの賜物です」
「いやいや、相談窓口担当者としては当然でしょ」
「えっ、プラチナランク…」
うやうやしくエナミに頭を下げるタナカを尻目に、四人組は名刺を持ってタナカと名刺を往復するように見たまま震え出す。スラム街に住んでいても、この国の最低限のシステムは知っていたからだ。
このアルミナダンジョン国の冒険者それぞれのランクは突破階層の指標であり、また個人の強さの指標でもあった。
簡単な指標としてはブロンズランクが突破階層が十階までで、強さでいうと一般兵士の十人分。シルバーランクがトラップが増えて三十階までで百人分。ゴールドランクが倒す物量が増えて四十階までで千人分。そしてプラチナランクは六十階までで一万人分以上。オリハルコンランクはただ傾国と言われている。そんなプラチナランクという、文字通りの怪物を前に、威嚇してしまった四人組はただのチンピラである自分達の行く末に絶望を見たのだった。
震えて呆然としていた四人組に相変わらずの態度を変えないエナミは声をかける。
「それで?なんで君らは俺の事を知らないんだ?スラム街に通達いってるでしょ、俺もしくは俺の側でオイタをすると、彼らこわーいダンジョン管理事務局の保安部が出てくるってさ」
「いや、俺らはついこの間この国に来たところで、やっとこの辺に腰を落ち着けたくらいなんだ。スラム街にもちゃんとした伝手や繋がりはねぇし」
震えた小声で四人組で1番大柄だった筈の男が小さくなって答える。その返事に納得した顔で、エナミもズボンの後ろポケットから名刺をとり出す。
「ふ~ん。じゃあ、しょうがないね。そうしたらこの名刺を持ってダンジョン攻略課へ来いよ。そんな何者でもない君らに、冒険者になるチャンスをあげよう。」
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