第二十七話 グレン・オッペンハイムは逃げられない 2
タナカ保安部部長に釘を刺されたオッペンハイムはそれでも必死にイシュタル・タランソワを探して、王立アカデミーの校内と修練場を虱潰しに歩く。しかしその向かった先の何処にも教頭はおらず、古代魔法の授業も今日は無いとの為、王立アカデミーの事務方も彼の動向を把握していなかった。
オッペンハイムとしては宛が外れたとばかりに一度ダンジョン管理事務局の査問委員会のあるフロアに戻る。
そこでは査問委員会の同僚達が苦々しい顔で彼を出迎え、オッペンハイムが席に戻ると直属の上司がすぐに彼を自分のデスクに呼び出した。
呼び出される心当たりはいくつかあるも、こんな風に査問委員会内部でも風当たりが強くなるとは思っていなかったオッペンハイムは原因を確かめるべく、上司の呼び出しに首を傾げながら奥の上司のデスクに向かう。
「お呼びでしょうか?」
「オッペンハイム君、困るよ〜。今回の査問の対象とメリダダンジョンで出くわした件でちょっと不味い立場だよね。君、少しばかり休暇でも取ったらどうかね」
「不味い立場ですか。エナミ・ストーリー側から特別な圧力がありましたか?」
「いやいや君、そっちは調査対象だから良いんだけど、第一保安課課長補佐のレラ・ランドールに今回のエナミ・ストーリーの調査バレちゃったんだよね?それだけは絶対に駄目だって通達出てたの忘れちゃったの?しかもさっき一瞬戻ってきた時に私にその報告もしなかったよね?どうして?」
「それは……」
「困るよ〜。君が隠蔽した事で査問委員会全体の大問題に成りうるんだから。私も庇いきれないからね?」
この上司は査問委員会から直接上がった人間では無く、別部署から昇進した者であった為、査問委員会自体のダンジョン管理事務局全体に及ぼす影響に対して認識が軽かった。あくまでもオッペンハイムの上司である自分に責任が及ばないようにする為に、彼に対して苦言を呈していた。
その事が十分に分かってはいても立場上は認めざるを得ないオッペンハイムは頭を切り替えて、如何にしてこの自分自身の責任回避しか考えていない上司にエナミ・ストーリーへの調査継続を納得させるかを考えて答えていく。
「彼への追求の過程でレラ・ランドールへの情報管理が甘かった事については認めます。この様な自体になった事は大変申し訳ありませんでした。しかし、後一歩でエナミを追い詰めるチャンスであった事は事実なのです。この機会を逃せば、奴が次にナランシェ連邦への情報漏洩をするタイミングでは我々は阻止できない状況へと追い込まれます。それでも良いとおっしゃるのですか?」
「オッペンハイム君、君のアルミナダンジョン国への忠誠心は素晴らしいが、それは最早我々査問委員会の役割を超えているよ。我々はあくまでも査問対象への調査が目的で、奴が何かするのを止めるのはそれこそ保安部の問題だよ」
「しかし!!」
「しかもオッペンハイム君、君には今回、別の疑惑もかかっているんだ。私としてはそちらの方が大問題だね」
「別の疑惑?」
「知らないとでも思っていたのかい?君があのイシュタル・タランソワと接触していたのを」
「………」
「我々査問委員会が「始まりの七家」とはいえ外部の人間の意向を組んで調査していたとあっては、誰が独立した調査機関だと理解すると思ってくれるんだね?」
「……!?」
オッペンハイムは自分が一瞬で沸騰した怒りの余りに周りに呪詛を振りまかないようにギリッと奥歯を噛み締めた。これはこれまでの彼の査問委員会でのキャリア上でアンガーマネージメントが最も求められた瞬間だった。
そもそも今回のエナミ・ストーリーのナランシェ連邦へのスパイ容疑を査問委員会に持ちこんできたのが、イシュタル・タランソワであった事は公然の秘密だった。
ダンジョン管理事務局へのこういった情報提供に関しては当然デマも多い為に、情報の正確性を十分に精査したものだけが査問委員会に持ち込まれる。
その為、誰が何の情報を持ってきたのかは査問委員会側が把握していて当たり前だと言えた。それに対してこの上司は自分はさも何も知らずに、今回の調査に関しては何も関係無いかの様に振る舞いだした。
オッペンハイムはこの場は査問委員会からの完全な尻尾切りだと、その時漸く認識出来た。そして自分がこの後どういう風に扱われるかも悟らざるを得なかった。上司とのやり取りに熱くなっていた彼は、そのデスクの周りを自分を中心に同僚達が取り巻いていたのに気付く。
「分かっているかね、オッペンハイム君。これから君にはこの査問委員会内部でイシュタル・タランソワへの情報漏洩に対して調査が行われる。聡明な君の事だから理解してくれると思うが、この調査に協力して、洗いざらい情報を出してくれれば、十分な対応したものとして長期休暇も認めよう。ただし、その休暇から帰ってきた時には君の席はここには無いとは思うがね」
大柄な身体に見合わずにガクッと小さく項垂れるオッペンハイムの両脇を同僚達がガッチリと抱えて何処かへと連れて行く姿に、上司は全く興味を示さず自分の事務作業に集中していった。
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