第二十五話 レラ・ランドールは怒る 2
無事にメリダダンジョンの四十階でバジリスクを討伐したのも束の間、その後のメリダダンジョン一階でのオッペンハイムを始めとした査問委員会の人間達の動きにレラはそれまでの喜びから一転して非常にストレスを抱えながら、ダンジョン管理事務局に戻ってきていた。
ダナン課長に報告する目的で動いていたエナミに付き添ってやってきたダンジョン攻略課で、エナミが喋るよりも前に、一番奥の席で阿修羅像を背にして顔の前で手を組み鎮座する男に丁寧に挨拶をする。
「ダナン課長、お久しぶりです」
「やぁ、レラ第一保安課課長補佐……どうしたんだね、一体。わざわざ私の所に挨拶なんて。何か用かね?」
「いえいえ、エナミ先輩の報告に付き合っているだけです。後、メリダダンジョンの入場許可をいただきありがとうございました。おかげ様でバジリスク討伐がスムーズに終える事が出来ました」
「そうか、無事に君も五大ダンジョンの四十階到達者になったのか……。これでレラ君もいつでも部長クラスに昇進出来るようになった訳だな。かつての上司として、君の積み上げてきた努力が誇らしいよ。おめでとう」
「ありがとうございます。これも今までダナン課長にご指導いただいた賜物です」
全く内容が無い上っ面の会話のやり取りの中で、ダナンはレラがダンジョン攻略課まで来て、一体何をしにきたのか探るが彼女はあくまでも丁寧に答えるだけだった。
しかし明らかに怒りの雰囲気を言葉の端々に乗せてくる彼女の態度に、ダナンの後ろの構えている阿修羅像も警戒した表情で二人の言葉の応酬を眺める。そしてその警戒は、レラの笑いながら話し始めた次の言葉で間違いなかった事が分かった。
「ところで、ダナン課長はご存知だったんですよね?」
「何をだね?」
「エナミ先輩が査問委員会にあらぬ容疑をかけられている件です」
その場の緊張感がいきなり上がる。レラが笑顔であった為に周りは分からないようだったが、ダナンはやっぱりなと彼女の隣で何かを諦めた顔をしているエナミをチラリと見てから結界を自分の席の周辺に張り巡らせる。
「容疑?何のかね?」
「はい、ダナン課長。惚けなくて構いませんから。私は直接メリダダンジョンの地上階で彼ら人事部査問委員会の人間とエナミ先輩が接触した横にいましたから」
「……そうか。レラ君に知られてしまったか……」
「……やはりダナン課長もご存知だったんですね。という事は、ウチのゴードン課長もご存知だったと?」
「それは当然の事だよ。今回の件は多分に政治的な背景があったからね。課長級より上の人間だけが第二級の機密事項という形で情報共有されていたんだ。エナミ君と近しい君の上司であるゴードン第一保安課課長も情報管理には苦慮していただろう」
「何故私には知らされなかったのですか?」
ダナンの説明には矛盾らしい矛盾もなく、ダンジョン管理事務局の情報管理のやり方としても当然と言える内容だった為に、レラとしてはそれ以上感情的になる事なく、論理的に唯一訊きたかった質問をする。
ダナンにしてもこの質問が一番嫌なものであったが、直接メリダダンジョンで愚かな査問委員会の人間に出会ってしまったレラとしては、ここで躱すような答えは納得出来ない事は十分に理解していた為に率直に答える。
「当然このエナミ君の査問の件に関しては、君もサイテカ連合国に行きライン地方でダンジョンブレイクの対応にあたった当事者として調査対象に入るべきだと言う声は査問委員会の中からも上がったらしい」
「らしい?ではエナミ先輩の査問の経緯説明は直接の上司であるダナン課長にもされてないのですか?」
「そうだ。今回の査問の件は人事部査問委員会が独自のルートで、エナミ君のナランシェ連邦からのスパイ疑惑を認定して調査しているものだ。我々ダンジョン管理事務局の人間もそのルートや調査方法には一切の関与はしていない」
「そうなのですね、私はてっきり……」
「分かっているよ、レラ君。君の懸念はダンジョン管理事務局全体がエナミ君に対して厳しい対応を迫っていると考えたんだね?」
「はい」
「その点に関しては安心して欲しい。我々はエナミ君にはこのままダンジョン管理事務局の中で活躍してほしいと願ってやまない人間の集まりだから。彼ほど優秀な冒険者相談窓口はいまだ嘗てこの国にはいなかったのだからね。そんな優秀な人材を手放す理由は無いさ」
「ダナン課長……」
メリダダンジョンからこのダンジョン管理事務局に来るまでの間、一番そうであって欲しくない答えをついつい考えてしまっていたレラとしては、このダナンの答えで漸く怒りと疑問だらけの感情が落ち着いてきていた。
「では査問委員会の今回の動きについてはもう対処されたんですか?」
「あぁ、今日君が運悪く出会ってしまった査問委員会の人間達も、今頃はもうスパイ疑惑についての調査結果の通達が公示されて動けなくなっているだろうさ。我々の手元にもエナミ君のスパイ疑惑については何の問題も無いという正式な書面が届いているからね」
「そうですか」
「それに彼らはこちらを構っている暇も無くなるだろうしね」
「どういう事ですか?」
それまで黙っていたエナミが二人の会話の最後に疑問を挟む。ダナンはニヤリと笑って呟く。
「なに簡単な事だよ。彼らは虎の尾を踏んだんだ。その結果が出るだけさ」
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