第二十三話 エナミは約束を守る 5
フロアボスであるバジリスクを倒して無事にメリダダンジョンの四十一階に降りたエナミとレラの二人は、周囲を見渡し、安全を確認してからダンジョンリングを使って地上に戻ろうとしていた。
ちょうど地上に戻ろうとしたその時、レラはエナミと邪魔のいない環境で二人きりになれた事に急に気付いた。
今回はレラの自分の第一保安課の職務を利用した我が儘に、エナミが約束を守ってくれた形で、こうして二人きりでメリダダンジョンの攻略という名目でいられたが、今後こんな形で彼といられる機会があるかは全く分からない。
ならばこの機会をチャンスとして使わない手は無いと、レラはバジリスクを倒した際の意気込みとは二段階は違うレベルのモチベーションでエナミに声をかけた。
「エナミ先輩、ちょっとだけここで話しても良いですか?」
「うん?まぁ、別に構わないよ。今日は時間はあるし、これ以外に特に会議も研修も無いしね。なんかやりたい事でもあるのか?」
「はい、私気付いちゃったんです」
「気付いた?」
「ええ、エナミ先輩も気付いてませんよね。今私達を邪魔する人が誰もいないんですよ?私の願いを聞いてもらえますよね?」
「願い?お前に付き合って、色々手を回してこうして一緒にメリダダンジョンの攻略しているだろ?四十階のフロアボスのバジリスクもちゃんと倒せたし、これ以上なんかやりたいのか?後、五十階攻略は流石に無理だぞ。レラも分かってると思うけど、瞬間火力が足りないからな」
「もぅ、そういう事じゃないんですよ!!」
「はぁ~、何なんだ一体?」
全く自分の想いを理解してくれないエナミに、レラは年齢からは想像できない癇癪を起こす。どうしても周りに人がいる時は、ランドール家の長女としての名前もあり、他人に甘える事が出来ない彼女としてはこうして幼く振る舞う事自体が楽しかった。
そうやって良い雰囲気にはメリダダンジョンの四十一階では二人はならないという当たり前の結果に対して、何でだろうと悩みながらもレラはダンジョンリングを起動させて一階へと戻っていく。
先にレラにダンジョンリングで地上に戻られたエナミはさっきのあれは何だったんだろうと疑問に思いながらも、自分自身もついて行く様にダンジョンリングを起動させて戻っていった。
しかし、エナミがダンジョンリングで転移したメリダダンジョンの一階では、先に帰ったレラが待っているだけでなく、他にも招かれざる客である査問委員会の面々が数多くいた。レラは全く状況が分からずに、ついついエナミに質問してしまった。
「エナミ先輩、皆さんこっち見てますけど、お知り合いの方ですか?」
「……あぁ、俺が知ってる人間は一人だけだけどアイツラの所属は知ってるよ」
「所属を知ってるって事はダンジョン管理事務局の方達ですか?」
エナミはレラとの話の流れ上、査問委員会であるオッペンハイム達の事を説明するというのが、今までの色々な配慮が無力化する事を理解できていた為にレラのこの問いに対して覚悟を決める。
「……奴らは人事部査問委員会の連中さ」
「人事部査問委員会?」
「そう、彼らは俺を張ってたんだろう。まだ向こうさんからの処分が出てないのに、こうしてお前とメリダダンジョンに来ている事に対して不満があるってやつだろう」
「エナミ先輩への処分って何の話ですか?っていうか先輩、私何も知らされてないんですけど、どういう事ですか?」
レラの周りをバジリスクへの対応時以上の魔力が飛び交う。これはダンジョン内や修練場では可視化出来る、分かりやすい示威的な行動で相手が相手なら脅迫と受け取られてもおかしくないやり方だった。
特にレラは先程四十階のフロアボスのバジリスクを倒した事で、明確にプラチナランク冒険者相当の看板を手にしている為、査問委員会側の人間がその事を知っていれば人事部と保安部で大事になる可能性があった。
しかし、この時はレラにとっては運良く、(オッペンハイム達にとっては運悪くだが)査問委員会の人間は誰一人として、彼女がこの場にいた理由が何なのか把握していなかった。
あくまでもエナミがレラを連れてメリダダンジョンの四十階に行っていたという事実を許可証の書面だけで確認しており、それがレラのプラチナランク冒険者相当の能力確認の為とは分かっておらずにこの場にいたのだ。
その為、グレン・オッペンハイム以下査問委員会の面々は眼の前のレラが発している魔力の量に驚きを隠せず、自分が何か虎の尾を踏んでしまった事をこの時になってようやく理解する。
「これは……」
「あぁ、査問委員会のグレン・オッペンハイムさんだっけ?早くレラから逃げたほうが身のためだよ?」
「いや、エナミさん。私達はあなたを拘束しに……」
「この期に及んで、自分の命をそんな事に使いたいのかい?俺は親切で言ってるんだ」
エナミはため息をつくと、オッペンハイムを軽く睨む。
「この件でもし、レラとサーヤ様を巻き込んでみろ。お前ら、存在すら跡形も無くなるけどそれでもいいんだな?」
オッペンハイム達はすぐさま踵を返してメリダダンジョンから去っていった。
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