第二十一話 エナミは約束を守る 3
レラ・ランドールはダンジョン攻略課の冒険者相談窓口に配置されていた時からメリダダンジョンの四十階に関して、十分に情報を持っていた。
これはレラ本人の努力だけではなく、彼女の新人指導をしていたエナミの担当冒険者であるサーヤ・ブルックスがちょうどこの前後の階層を攻略していたからだ。
当時はダンジョン攻略課に配置されたばかりで右も左も分からずに、冒険者相談窓口としては異常な事をしているエナミとサーヤのやり取りを、これがプラチナランク冒険者の育成かと楽しげに見ていたレラは、当時の事を思い出して、転移陣から出た時にはついつい笑ってしまっていた。
四十階という危険なダンジョン階層に降り立ったにも関わらずに笑いを堪えられないレラを横目に珍しくエナミは注意する。
「おいおい、もしかしてバジリスク討伐をピクニック気分なら止めるけど大丈夫か?」
「すいません、先輩。つい少し昔の事を思い出していただけです」
「少し昔の事?」
「はい。サーヤ様がちょうどこの四十階層を攻略していて、エナミ先輩が気怠げに冒険者相談窓口で指導していた少し前の事を思い出したんです」
「ハハ、本当に少し前の事だな」
エナミも当時の事を思い出していた。サーヤがこの四十階を攻略していたのは約1年半前になるが、それからここまでの間に、こんなにも周囲の状況が目まぐるしく変わるののかと思っていた。
エナミ自身は自分が変わらずにダンジョン攻略課で冒険者相談窓口をやっていながら、レラやサーヤを始めとして、他の人間の成長や出世に感慨深さも覚えていた。
決して自分の立ち位置が相対的には下がっていても何とも思っていなかったが、皆の努力が報われて、それぞれの立場がどんどん良くなっていくのを見ると、少しでもその事に力になれて良かったとエナミは思っていた。
そんな感傷に浸りながらも、周囲にモンスターが来れば反射的に古代魔法で倒してしまうエナミは、本来の目的であるフロアボスが近くにいる所まで来て、ハタと気付く。
「おいおい、あっという間にここまでやって来ちゃったけど、レラは準備は大丈夫か?」
「……先輩、自分があれだけ勝手に途中でモンスター倒しておいて、よくそのセリフが出ますね……」
「よし、しっかりここで体調整えて、準備してからバジリスクをやっつけろよ。俺は応援してるからな!!」
「……はぁ〜、頑張ります!!」
久々にダンジョン攻略課でよく見たダメダメなエナミをジト目でレラは見ながら、一つため息をついて軽く両手で顔を叩いて少しだけやる気を見せ、集中しようとする。
実際問題、バジリスク討伐については今のレラなら油断さえなければ何の問題もないレベルではあった。元々のメリダダンジョンそのものの理解やバジリスクの生態や弱点、攻撃パターンについても十分にダンジョン攻略課にいた時から理解出来ており、対策や緊急時の対応も普通のプラチナランク冒険者達と比べてもそれ以上の準備がはるかに出来ていたからだ。
自身の攻撃パターンやバジリスク相手の退避シチュエーションの想定を頭の中で一通り行ったレラは、何の問題も無い事を確認すると横で待っていたエナミに声をかける。
「じゃあ、エナミ先輩やっつけてきますね」
「あぁ、何かあればここで見てるから直ぐに助けてやるよ」
「ふふふ、そんな心配が必要無いくらい圧倒してバジリスクを倒しますから、そこでノンビリと眺めてて下さいね」
「分かった分かった。これが終わったら祝勝会やるから、そこで飯が喰えるくらいの体力は残しておけよ」
「分かりました!!」
十分にリラックスしてバジリスクのいるフロアに入っていく成長したレラの後ろ姿を眺め、エナミは嬉しそうに微笑んでいた。
一方、その頃メリダダンジョンの駐在所には招かれざる客であるグレン・オッペンハイムがやってきていた。いつもの様に大柄な身体を小さくしながら、一見、謙虚に恐縮しているように見える態度で先程までエナミと話していたダンジョン調査部ダンジョン管理課の職員に声をかける。
「すいません、少し宜しいですか?」
「はいはい、……ってアンタどちらさん?冒険者じゃあないよね」
「はい、私はこういう者です」
如在ない態度でいつもの査問委員会所属の名刺を出して渡す。ダンジョン管理課の職員は訝しげにその名刺をもらうと、一瞬ギョッとするが、更に警戒した雰囲気でオッペンハイムに声をかける。
「はぁ~、人事部査問委員会様ねぇ。何の為に態々こんな所までやってきたんだい?ここにはダンジョン管理事務局の職員なんて俺達みたいな現場の下っ端くらいしかいないし、俺等はあんたらみたいに、あの建物の中で何処かで誰かの虎の尾を踏むような事は出来ないぜ」
「いえいえ、皆さんがたをどうこうしようという話ではありませんから、少しだけ質問する機会をいただければ構いません」
「はぁ、なら良いけど。一体何の用なんだい?」
「はい、実は……」
自分に直接被害が無い事を確認した駐在所の職員は肩の力を抜いて、気軽にオッペンハイムの質問を待つ。大柄な男はニコニコしながらも目を細め、少しだけ緊張感を乗せて質問をしていく。
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。