第十八話 エナミは冷や汗をかく 4
「ところでエナミさん。そんな事より私に何か隠し事があるんではなくて?」
二人の間に、沈黙が流れる。エナミは見つめてくるサーヤの眼光の鋭さに少し困った顔をして、額には冷や汗が一筋流れた。何処まで把握している言葉なのか分からずにぼやかして返事をしてみる。
「サーヤ様、一体何の事でしょうか?バカンスでサイテカ連合国に3ヶ月行ってた自分がこのアルミナダンジョン国で隠し事?とてもじゃありませんが無理があると思いますけど……」
「いいえ、そんな些細な事ではなくってよ。貴方がが「海鳴りの丘」で使った「刹那」という魔法についてですわ」
「……「刹那」ですか?」
エナミは自分の予想していたスパイ容疑とは全く違った答えに拍子抜けの顔をしてしまう。サーヤはその間抜けな顔にヤッパリ私は間違ってなかったと勝手に納得し、してやったりとフフンと笑う。
「貴方は「始まりの七家」の伝承魔法をご存知なのでしょう?」
「伝承魔法?何のことだか分かりませんが、そんなものがあるのですか?」
「まぁ、貴方の立場ならそう答えるしかないですわね。何せ伝承魔法はそもそも「始まりの七家」の当主かそれに認められた人間のみしか伝承されませんもの。しかも「始まりの七家」で無い者がこの魔法を使ったという記録がない以上、当主に認められた人間も身内ばかりと分かってますしね」
「では、私が使った魔法は伝承魔法では無いのでは?」
サーヤは全く拍子抜けした顔のままのエナミに対して、まだ惚けるのかと余裕の笑みで話を続ける。エナミは彼女が自分の危惧とは程遠い所で楽しそうに話しているので、そのまま話を合わせて様子をみる事にした。
「実はそうではないのが、この間の「海鳴りの丘」で最後の階層で貴方が使った「刹那」で分かったの。あれは私が見た事がある伝承魔法と非常に近いものだったわ」
「……サーヤ様、それは「始まりの七家」の機密事項では?」
「大丈夫。私がこの情報を貴方に伝える事はお父様にもちゃんと確認してきましたわ。それに私としてはその会話の中で貴方が「始まりの七家」に連なる人間か、そうではないのかが気になっていたから確認出来て良かったですしね」
「私は当然「始まりの七家」では無いですよ。名字が全く違うから分かっていたでしょう?それに私が「始まりの七家」に連なる者なら、何かサーヤ様に不都合があるんですか?」
「それは……」
エナミは自分の出自について十ニ分に理解しており、彼女に言っていい言葉を選んで、会話から分かった事情について、先程までの緊張感から解き放たれたリラックスした顔で端的にサーヤに投げかける。
そのエナミの質問に今までの自信満々な態度からは全く想像できない、俯いて顔を赤くする彼女は答えに詰まる。これは話を少し変えなくてはと、彼は和やかに誘導する。
「まぁ、そんな私の出自が謎には満ちていない事が分かった所で、この間使った魔法「刹那」は伝承魔法と酷似しているんですね?」
「そうよ、だから私は練習したの。この貴方がいない3ヶ月を使ってね」
「あぁ、それがさっき言っていた私に見せたいものですか。確かにそれは見てみたいですね。それにしても3ヶ月で「刹那」を物にしたんですか?」
「まだダンジョンでは使ってないから、ハッキリとは言えないわ。ただダンジョン研究所では十分に実用に耐える発動速度だとあそこのガリガリに痩せた、メガネで天然パーマの研究員に言われたわ」
「あぁ、キタリのお墨付きですか。なら間違いないでしょうね。彼はダンジョンの攻略なんてした事無いのに、その情報と予測は間違いないですからね。それにしてもそれが事実なら、もうサーヤ様はプラチナランクの冒険者ではなく、オリハルコンランクの冒険者なのではないでしょうか」
「いいえ。私はまだまだプラチナランクの冒険者ですわ。私はメリダダンジョンについてやっと五十階までしか到達出来てないもの。あと十階はダンジョンを攻略してフロアボスを倒さないと」
「本当に謙虚ですね」
肩を竦めて答えるサーヤを見ながら、感心してエナミはついつい本音を呟く。冒険者相談窓口で十年以上に渡って散々色々な冒険者を見てきたエナミは冒険者のランクについて鋭く予想出来た。
エナミはその経験から裏打ちされた鑑定眼からサーヤがオリハルコンランクの冒険者相当であると確信を持って話をしていたが、そんな彼の言葉に全く過信する事なく揺るがないサーヤに、早めに六十階まで行ってもらわないとと、自身の仕事のこれからを考えて、ワクワクしていた。
そしてこの話は、次回のエナミの冒険者相談窓口の担当日に、二人で修練場に向かってサーヤが使う「刹那」を見る事で納得してもらう事になった。
「サーヤ様、では次回はちゃんと予定通りに相談窓口に来ていただけますね?」
「そうね。この間ミヤがアルミナダンジョン国に帰ってきて、ようやくメリダダンジョンの深層階層のダンジョン攻略も解禁された事だし。私も攻略を進めるのに自信を持って進みたいから、貴方に見てもらえるなら有り難いわ」
「分かりました。ではまた来週宜しくお願いします」
「楽しみにしてるわ。またね、エナミさん」
頭を深々と下げるエナミは、鼻歌を歌いながらダンジョン攻略課から出ていくサーヤにデジャヴを見た気がしていた。
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