第十七話 エナミは冷や汗をかく 3
お待たせしました。体調不良から帰ってきました。皆様も季節の変わり目はお気をつけを。
昼休みも遂には終わりを迎え、ノンビリとした穏やかな雰囲気のまま食堂の先の上へと登る階段でレラと分かれたエナミは、上機嫌でダンジョン攻略課のドアを開けた。
ダンジョン攻略課の周りの職員も午前中のエナミの働きを眺めて、それまでの査問委員会の調査対象だったエナミにも慣れてきたようで、見向きもせずに自分達の仕事に入っていた。
そんなダンジョン管理事務局の日常にしっかりと戻ってきていると実感していたエナミだったが、運命は彼にそんな甘くはない。午後の冒険者相談窓口の開始を告げるガラガラと入り口の前のシャッターが開くと同時に、バンッと素早く強くドアが開け放たれた。
そんなドアの開け方をする人間は冒険者相談窓口にやってくる冒険者には当然一人しかおらず、サーヤ・ブルックスが自信満々な顔でダンジョン攻略課にやってきた。
久々のドアを開け放つ賑やかな音に、エナミはそう言えば3ヶ月前は毎回だったな、と懐かしく思いながら自身のデスクから立ち上がり、オロオロする冒険者相談窓口の担当の女性に声をかける。
「ごめんね、僕の担当冒険者が驚かせて。窓口担当、小一時間変わるよ」
「でも……」
「大丈夫。君の評価には影響しないから。ダナン課長も見ているから間違いから。僕の事が信じられないなら、課長のデスクに行って確認してみると良いよ」
「……分かりました」
まだ少しオドオドした顔でダンジョン攻略課の一番奥のダナン課長のデスクにバタバタと向かう女性を見送ると、ちょうど相談窓口の目の前にサーヤがやってきていた。
「エナミさん、3ヶ月ぶりね。ご機嫌よう」
「サーヤ様、態々私の為にダンジョン攻略課へお越しいただいたみたいで、歓迎します。ちなみに何処で私が今日からダンジョン管理事務局に来ると聞いたんですか?」
「お父様から教えられたわ。少し早くアルミナダンジョン国には帰国したみたいだが、サイテカ連合国の残務処理があるみたいで、会うなら今日からダンジョン攻略課に出てくるみたいだぞ、って」
「……ケビン様は流石ですね」
ケビン・ブルックスの噂への鼻の良さと、ダンジョン管理事務局内での人脈の広さに少しではなくかなり感心しながら、立ったままで話していた事に気づき、サーヤに着席を勧め、自分は勝手に座る。
エナミは以前と変わらず固い木製の椅子の背もたれに寄りかかったまま、3ヶ月前もしていた、いつもの様に斜めに座り、ちょうど良い形を決めてから、やる気の無さを言葉に乗せながら話を続ける。
「それで?何か私に用ですか?」
「当然じゃない。貴方がいない間はダンジョン管理事務局にも来ていたけど、ここではなく、下の修練場に入り浸っていたわ。」
「へぇ、私のいなかった3ヶ月で何か身につけたモノがあると?」
「ふふふ、今度見せてあげても良くってよ」
「楽しみですね」
冒険者としての能力については決して自分の事を飾らずに話すサーヤが自信を持って言う姿を見て、よほどのスキルか魔法なのだろうと興味を持つエナミは自分が冒険者相談窓口の担当として振る舞う姿勢を段々と思い出していた。
「それで、今回はメリダダンジョンの攻略についてですか?それともその秘密兵器について何かお話でも?」
「どちらでも無いわ。強いて言えば今日はエナミさんへの挨拶がメインね。まだメリダダンジョンの攻略に使えるほど使いこなせてないし、もう少し修練場を使う必要があるの」
「そうですか、私はこの通りちゃんとピンピンして帰ってきましたよ。魔法のペンでも連絡しましたけど、サイテカ連合国でバカンスしてただけですから」
「なら良いんだけれど」
どうもここにやってきた事は別の用事みたいだなとハッキリと認識したエナミは煮え切らないサーヤに呼び水をかける。
「そう言えば、ケビン様は今回のサイテカ連合国のダンジョンブレイクについて何か言ってました?大事な愛娘の外国での活躍は楽しい冒険譚ですもんね」
「そうでもないわ。寧ろ、レインハート様やシュテルンビルト様との行きと帰りのやり取りについて訊きたがったぐらいですわね」
「あぁ、如何にも武器を取り扱う政商って感じですね。ケビン様は家督は譲っても、顔の広さと活動量に関してはまだまだお兄さんたちには譲る気はなさそうですね」
「どうかしら?お父様は自分が「始まりの七家」の代表の立場でいる事をあまり重要視していないから、単純にご挨拶って事かもしれないけれど」
実際には外国とのパイプよりも、自分の娘が今回のダンジョンブレイク解決の為の遠征で、エナミとより関係が親密になれてきているのかの方を大事に考えていたケビンだったが、サーヤには全くその意図は伝わっておらず、終始エナミの「海鳴りの丘」での普段は見れない活躍話ばかりしていた。
まぁ、そのエナミのダンジョンブレイク解決時の活躍の話を食事の間、夢中に話すサーヤを見て、まぁこれはこれで関係は進んでいくのだろうと半ば諦めの気持ちで娘の話をケビンが聞いていたのはここだけの話だが。
そんな事はお構いなしに、徐々に話が乗ってきたサーヤは今日の本題に入っていく。
「ところでエナミさん。そんな事より私に何か隠し事があるんではなくて?」
そのエナミを見つめるサーヤの眼光の鋭さに彼は少し困った顔をして、額には冷や汗が一筋流れた。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。