第十五話 エナミは冷や汗をかく 1
査問委員会のグレン・オッペンハイムによるエナミ・ストーリーを召喚しての事前の質疑応答は一度で終わりを迎えた。これはエナミがオッペンハイムとのやり取りを終えた翌日に、人事部より通知がダンジョン攻略課のダナン宛に来た事で確定となる。
これによりエナミはダンジョン攻略課の冒険者相談窓口に職場復帰する運びとなり、査問委員会の処分の決定が出る迄は彼自身の逃亡の恐れも全く無く、寧ろ働きたくてたまらないという、有り得ないワーカーホリックぶりを発揮して、冒険者相談窓口の人間として普通に働く形となった。
その為、エナミのナランシェ連邦のスパイ容疑については、ダンジョン攻略課の中では済んだ話となり、職員の誰もが普通にエナミと接するようになっていた。
実際の所、イシュタル・タランソワが流した噂や査問委員会のグレン・オッペンハイムの個別調査では、エナミのダンジョン管理事務局における実績は覆す事は難しく、寧ろ他国のスパイとしては、派手に実績を上げ過ぎだろうと論理的な整合性を持って考えられていた。
そんな普通なら有り得ないウキウキ気分で珍しくキチっとした格好で、髪や髭も整えてダンジョン攻略課の職場にやってきたエナミは、3ヶ月ぶりに自分のデスクで積み上がった書類を確認をしてから、ダナン課長のデスクに向かう。
「ダナン課長、エナミ・ストーリー、今日から復帰しました。何から始めますか?」
「エナミ君、お帰り。今の君なら何でもすぐに出来るんだろうが、まだ査問委員会の処分の決定が出ていないからね。出来るなら冒険者相談窓口についてもらいたいが、告知をしていないから、今日はこの3ヶ月のサイテカ連合国の情勢報告書を作ってくれるかね?」
「分かりました。直ぐに取り掛かります」
エナミはキビキビと自身のデスクに戻ると早速ダナンからの指示に従って、自分がライン地方で過ごした3ヶ月のバカンスをいかにしてそれらしく真面目な外国の情勢報告として書面にするかを考えていた。
エナミはその日の午前中の勤務時間をサイテカ連合国のライン地方での自身のバカンスを、如何にもそれっぽいダンジョンブレイク対策や、ダンジョン管理事務局で作ったダンジョン攻略マニュアルを使っての外国での対応についてという報告書に確りと作り上げてから、お昼休みにいつもの地下食堂「来るもの拒まず」に向かう。
ペラペラのプラスチックのトレーを持ち、自分の欲しいオカズの皿を取りながら、当たり前の日常が戻ってきた感じにエナミはホッとしていた。一通りの自分のお気に入りのメニューを取り、会計を済ませてからいつもの窓際の席に座る。
エナミは魚中心のメニューを載せたトレーを眺め、どれから手をつけようか迷いながら箸を煮魚に伸ばす。そんな何処にでもいる昼下がりのうらびれたサラリーマン姿のエナミの席の向かい側に座る女性がいた。
「先輩、ここ良いですか?」
「構わないよ、レラ。こんだけ場所が空いてるんだから、好きに座ったら良い」
「はい。じゃあ、遠慮なく」
レラ・ランドールはエナミが持ってきたのと同じ様なトレーを静かに置く。メニューも肉を中心としたカロリーの高そうな構成で、今までとの違いは明確だった。ニコニコ笑いながら、レラは向かい側でキレイに魚の骨を除けているエナミに話しかける。
「エナミ先輩、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。レラ」
「もう、淡白過ぎませんか?可愛い可愛い後輩がこうやって嬉しそうに挨拶してるんですよ?」
「そうか?」
「そうですよ、もっと後輩を確りと構うべきだと思います」
「分かった、分かった。レラ、すまないな。ちゃんと可愛い後輩を構うから許してくれよ。こっちは今日が復帰初日で浮かれてたんだ。この3ヶ月こっちはどうだった?」
「分かれば良いんです。私の方は特に大きなトラブル無く保安部の一課二課の合同訓練ばかりしてたんで、おかげさまでだいぶ自分の実力が上がったのを実感出来てます」
エナミの向かい側でレラはご飯を食べる前に軽く両拳を、フンッと握りしめた。エナミはその微笑ましい光景に少し苦笑いしながら煮魚の骨を避けきり少しずつ丁寧に味わいながら定食を食べていく。そんなエナミの仕草にレラは彼の機嫌の良さを感じていた。
「エナミ先輩、やけに嬉しそうですね?」
「そうか?」
「そうですよ、私には分かります」
「うーん、なんかライン地方のバカンスから帰ってきて、官舎を朝イチで決められた時間で出て、ダンジョン管理事務局に出勤してきて、午前中にダンジョン攻略課で事務仕事をして、こうして地下食堂にやってきて、可愛い後輩のレラと昼飯食べていると、あぁ俺の日常に戻ってきたんだって感じがしたんだ」
「そうですか?なら良かったです。私もエナミ先輩がお昼ご飯の時に、この地下食堂で向かい側に座っていないから寂しかったんですからね。で、そんな先輩はライン地方で私に内緒でどんなバカンスを過ごしていたんですか?」
「お前に内緒にした覚えは無いから、今回のバカンスがどれだけ楽しかったか、この短い昼飯時でダイジェストにして教えてやろう」
エナミの可愛い後輩の一言に機嫌を良くしたレラはニコニコしながら、3ヶ月ぶりのエナミとのお昼ご飯の下らない会話を堪能していくのだった。
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