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ダンジョン攻略アドバイザーは今日も呟く。  作者: 煙と炎
第一章 相談窓口は一言多い
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第十五話 サーヤ・ブルックスの災難 3

サーヤ・ブルックスの災難は今回はここまでです。次回から本編に戻ります。彼女の災難は多分また何処かでおきます。

 ケビンが震え上がった4年前の夜を超え、その後は実家にいる時のサーヤは、比較的家族に邪魔される事なく静かに過ごす事が出来るようになった。


 今までの過干渉気味だった両親と兄達も、自分達の時間を犠牲にするだけでなく命の危機まで感じる必要性など、生粋の商人である彼らには当然の事ながら無く、彼女に無駄に接して来なくなったからだ。


 そのまま向こう側からすれば半冷戦状態、サーヤ側からすれば楽園状態のまま1年近くが経ち、こうしてメリダダンジョン五十階の最速攻略に向けて装備の準備と攻略情報の確認をしている夜に自室のドアが執事にノックされた時、サーヤは完全に油断していた。


「はい」

「サーヤ様、旦那様がお戻りです。しばらく執務室に居られますので、ご挨拶だけでもお願い致します」

「分かりました。直ぐに行きます」

「宜しくお願い致します」


 しばらくダンジョン攻略準備に出していた装備類を片付け、サーヤは自分の装いを確かめる。特に着ているものは攻略時の装いとは違い、普段着なので問題は無いが、父親は嫋やかな装いが好きなので、少し髪型のアレンジを変えてから部屋を出る。


 夜なのに屋敷内外が光々と明かりで照らされてるのは、ブルックス家の財力とサーヤのメリダダンジョン攻略により、魔石を掻き集める事が容易で電力の代わりに存分に使用する事が出来るからだ。


 普通の家庭では夜は夕飯が終わったら、二十二時迄にはなるべく魔石を使わないように明かりを消し、就寝するのが一般的なリズムと言えた。


 サーヤがそのまま執務室の前までメイドと執事以外の家族の誰にも会わずに着くと、一呼吸をおいてから軽くノックする。


「誰だね?」

「サーヤです」

「お入り」

「はい」


 サーヤは静静と執務室のドアを開け、中に入る。父親は控える執事から渡された書面にサインをしていたが、上機嫌で執務室の椅子から立ち上がり、サーヤが近寄ると軽くハグして離れる。


 その離れる際にケビンからいつもは感じない安っぽいお酒とタバコの匂いがした。サーヤが疑問に思う間もなく、二人は豪奢な椅子にゆっくりと腰掛ける。


「ご機嫌ですね、お父様。今夜は何かいい事でもあったのですか?」

「分かるかい。確かに良い事があったよ」

「珍しい…いつもは夜の会合はつまらないから、早く帰りたいって朝のお食事の際におっしゃってばかりではないですか」

「それはどんな仕事よりも帰ってサーヤの顔を早く見たいからね。お前の顔を見るより幸せな会合なんて無いんだから」

「まぁ、まだお父様少し酔ってらして?」

「そんな事は無いはずだが…」


 ケビンは横に控える執事から、流れるように手元に渡された水の入ったグラスを一口飲む。確かに普段この時間までかかるような会合では、ごまをすり、おべっかを使うために寄ってくる人間を捌くばかりで、楽しい出会いなど無い。ましてや彼自身の立場が立場なだけに、対等な立場で誰かと酒場で話をするなど久しくなかった。


「それでお父様お話とは?何かこの時間に言う必要な事があったのですか?」

「…サーヤ、パパはサーヤがオリハルコンランクになると言ってから今まで本当に本当に心配でならなかった。これは分かってるね」

「はい、ですが…」

「いや、良いんだよ。お前のその想いの強さはよく分かってるつもりだ。お前の周りにもよーく分からさせられたしね。ただ私が今回言いたいのは、お前の頑張りを止めたいと言うわけじゃなく、頑張ってやりなさいという応援だから」

「えっ、急に何があったのですか?」

「今日の出会いで確信したんだよ、お前は間違いなくオリハルコンランクになれるという事を」


 サーヤは酔いから覚めたニコニコと笑っている父親に嫌な予感を感じた。普段から自分の前では笑顔でいる事が多い父親が、ここ1年近くはダンジョン関連では作り笑いも多い事がよく分かっていたからだ。


 サーヤ自身も1年近く前の行いを反省し、余りダンジョン関連の話をしないよう気をつけていたのだ。そんな父親が本当に心の底から笑っていた。警戒しながら彼女は尋ねる。


「……今夜の会合はどなたとお会いされたんですか?」

「お前の冒険者相談窓口の担当のエナミ・ストーリー君と、その上司のダンジョン攻略課のダナン課長だよ。二人とも面識はあったけど、挨拶程度の関係だったからね。あんなに面白い話がどんどん出来るとは思ってもいなかったよ」

「……何でお二人と?」

「元々ダナン君とは、ちゃんとお前がオリハルコンランクへの昇進が可能かという話をする機会を持ちたいと思っていてね。サーヤの冒険者としての実力を彼自身もプラチナランクの実力者で適切に評価出来る事から、ダンジョン攻略課としての見解を訊きたいと思っていたからね。それに」

「それに?」

「エナミ君についてはいつもサーヤがべた褒めだったから、いつかはちゃんと話をしなくてはと思っていたからね」

「なっ、べた褒めだなんて、そんな事ありませんわ?!」

「なら無自覚で毎週彼と会った後の夕食では楽しそうに話していたのかい?いやぁ、彼とは仕事上の付き合いでは無く、サーヤの父親として話がしっかりと出来て良かったよ。彼が楽しかったかは分からないがね」

「どんな話をなさったんですか?!」

「サーヤ、はしたないからちゃんと座りなさい。そんな風に育てた覚えは無いよ」


 サーヤは完全に油断していた分、エナミの話が出た瞬間、動揺を隠せずに赤い顔をして立ち上がり、大きな声を出してケビンに詰め寄ってしまう。


 最近は成長して、普段からそんな感情の起伏を見せないようになってきていた筈の彼女のそんな興奮した姿を楽しげにケビンは笑って窘めた。


「申し訳ありません。思ってもいない事でしたので、つい」

「いやいや、驚かそうと思っていたから成功して良かったよ。彼はあいにく驚いてくれなかったが」

「エナミとは何の話をしたんですか?!」

「何を焦ってるんだ。当然お前の話だよ」「えっ、私の?!」

「どうしたんだ、考えたら分かるだろう。他に話す話は無いんだから。当然この5年お前の面倒を見てくれた彼とはサーヤの話をするだろう」

「私の話をエナミと…」

「どうしたんだい、サーヤ?急に上の空みたいだけど…」


 サーヤは完全に妄想の世界に飛んでいた。自分の父親が秘めたる想い人のエナミと急に接近して話をするなんて、まるで何かの物語でみた光景ではないかと勝手に想像を膨らませてしまっていた。しかし現実は時に想像を超えていた。


「彼にはお願いしておいたんだよ。お義父さんと呼びなさいと」

「……はっ?」


 サーヤはただただ、眼を見開き絶句した。


「いや、だからね、エナミ君は早晩お前の婿になる筈の人間なんだから早めに呼ばれ慣れておきたいから」

「むっむっむっ婿?!何をエナミに頼んでるんですか?!」

「彼も困っていたね。そんなの急に呼べる訳無いじやないですかと。だから私は言ったんだ。婿殿、娘を無事にオリハルコンランクにしてもらったら、君との盛大な結婚式をやるんだから、早めにそうやって関係性を築いていかないと、こちらにも心の準備があるんだよってね」

「……なっ」


 ニヤリと笑う父親の顔を見て、サーヤは空いた口が塞がらなかった。暫く顔色を赤くしたり、青くしたりとせわしなくしていたが、それも終わると俯き震えていた。ケビンが水をもう一杯飲み干す位の間があってから、彼女は顔を急に上げ、照れて笑いたい口元を必死に隠すように口角に力を入れ、半分涙を溜めた目で彼を睨んで一言だけ言う。


「お父様とはもう口をききませんわ!!」

「悪かったよ。ただ私は父親として、お前の結婚相手を見たかっただけなんだ」

「……もう、失礼します!!」


 普段の優雅さなど微塵もないドスドスと音がなりそうな歩き方でサーヤは退室する。苦笑しながらケビンは注意する事も無くそれを見送る。


 気づけば横に控えていた執事にもう一杯、今度は赤ワインを望み、注がれたグラスを使い込まれたテーブルの上に置き、独り言のように言葉をその場に呟き、執事に何とは無しに尋ねる。


「悪い父親かね?」

「……最善の方法かと」

「うん。私もそう思う。何せエナミ君は想像以上の怪物だったよ。あんなにも欲が無ければ、付け入る隙も無い。無欲な怪物が何をするか分からないから、一番恐いからな。もしあれが当家に取り込めるなら、多少の強引な振る舞いで娘に嫌われてもしょうがない」


 そうは言ってもなるべくサーヤには嫌われたくないがな、と思いながら、ケビンはグラスをゆっくりと回し、高価な透明なグラスの側面を赤く染める。


 ただそれだけで時が経ち、せっかく自らが望んだ赤ワインそのものに口をつける気にはケビンは中々なれなかった。執事はそれ以降その夜は何も口にする事は無かった。









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