第十一話 エナミは嘲笑えない 3
翌朝、エナミは昨日ダナンから手渡された召喚状を手にして、ダンジョン管理事務局内の3階にある査問委員会が指定してきた会議室へと向かう。
普段から合同研修や合同会議で使う100人規模で入る見慣れた中規模の会議室に、自分と呼び出したグレン・オッペンハイムだけがいる形にエナミは少しどころでなく非常に滑稽さを感じた。
そんなガランとしてスペースを使い余した会議室の中で、一つのテーブルを挟んで、この場所に呼び出した大柄な割りに腰の低いのオッペンハイムが普通にノックして会議室に入ってくるエナミに対し、敢えてにこにこしながら名刺を出して声をかける。
「エナミ・ストーリーさん、急な呼び出しにも関わらず、こうして来ていただいてありがとうございます。ご協力感謝します」
「あぁ、ダナン課長から直接上司命令された形ですからね。オッペンハイムさん、勘違いしないでほしいのですが、貴方がた査問委員会に協力というより、ダンジョン攻略課の業務の一環としてこちらに来させていただいただけですよ。僕は早く冒険者相談窓口の業務に戻りたいだけですから」
「ハハハ、これは手厳しい。では早速エナミさん、査問を進めさせていただきます」
「どうぞ」
エナミはオッペンハイムの変に遜った態度について全く無視して、淡々と話を進めようとする。一方で大柄な男はこれは一筋縄ではいかないと気を引き締めて、エナミに質問を重ねていく。
「では、エナミさん。貴方には今回のナランシェ連邦のスパイ疑惑について何か反論はありますか?」
「反論も何も身に覚えが無いですね」
「では、スパイ容疑を否認するという事で構いませんか?」
「はい、そもそも無いものをあるにするのはとても大変だと思いますし」
「分かりました。では、今回のサイテカ連合国のダンジョンブレイクの解決に向けての我がダンジョン管理事務局の動きについて教えてもらっても良いですか?」
「良いですよ、まずは……」
エナミはオッペンハイムが丁寧に外堀を埋めるように時系列を追っているの分かりながらも今回のサイテカ連合国への遠征の詳細な流れについて解説していく。
オッペンハイムはエナミがサーヤ・ブルックスに拉致されるようにサイテカ連合国行きの列車に乗せられ、ワラジアン地方の領都ミシャールで領主のナムト・レインハートやサイテカ連合国の大立者マーカス・シュテルンビルトとのやり取りについて聞かされた辺りで、間違いなくこの男は普通では無く、ましてやどっかのスパイなんていう小悪党程度で収まる様なものでは無いと分かっていた。
しかしオッペンハイムは恐れられるべき査問委員会の一員として、イシュタル・タランソワに指名された人間として、何が何でも何とか小さな、本当に針の穴程度でも小さな物でも疑惑を見つけなくてはと足掻かざるを得なかった。
そんなオッペンハイムの藻掻きも三十分、一時間と査問が過ぎる頃にはエナミはウンザリするだけで全く意に介していなかった。真の対戦相手が分かっており、その先の空気を入れているであろう他所の国の偉いさんの事を考えて、つい質問をしてしまう。
「オッペンハイムさん、一つだけ訊いてもいいですか?」
「何でしょう?私に答えられる事であれば構いませんが、答えられない事もある事は理解下さい」
「はい、貴方の立場は分かっているつもりです。では質問を。貴方はこの茶番劇としか考えられない査問でどんな結果を、誰に持ち帰らなくてはならないのですか?」
「それは……」
「査問委員会の上司では無いですよね?僕の知り合いの人事部の部長とかでも無いでしょうし、一体誰にどんな結果を持ち帰る必要があるんでしょうか?」
「……」
今回の査問では全く堪えていない、寧ろこちらが追い詰められている事を理解していたオッペンハイムは、ハッキリとしたエナミの質問に答えが詰まるのを自覚する。
エナミには今回のスパイ疑惑について、イシュタル・タランソワが絡んでいる事がバレているとついついオッペンハイムは思い浮かべてしまい、返答を沈黙で返すしかなくなっていた。
このオッペンハイムのリアクションで大体の事がダナンが推察した通りのシナリオだと察したエナミは、安堵と茶番劇に巻き込まれた事への軽いため息を付くと、質問ではなくお願いを続ける。
「オッペンハイムさん、今回の件について貴方が私の事を報告される相手に、どうしても一つだけ私からのメッセージとして伝えて欲しい言葉があるんですが宜しいですか?」
「……私で伝えられる言葉であるなら」
「大丈夫ですよ。罵倒や挑発の類では無いですし、簡単なメッセージですから。それにこの言葉で相手には十二分に僕の意図が伝わりますから、お願いしますよ」
「そこまで仰るなら伺いましょう」
「ありがとうございます。では……」
エナミは今までのまるで素っ気ない態度から180°態度を変えて、オッペンハイムに非常に人好きする笑顔で丁寧な懇願をする。突然のエナミの豹変にオッペンハイムは身構えるが、こんな所で自分を害するような真似はしないだろうとエナミのメッセージを一語一句聞き逃さないように構えた。
エナミは目の前の大柄な男が身を縮めて聞き逃すまいとする態度に好感を覚えて、嬉しそうに呟く。
「 ―時の道標― 」
グレン・オッペンハイムは意識を失い、机に突っ伏した。エナミはそんな男の姿を見て笑顔で会議室を出た。
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