第十四話 サーヤ・ブルックスの災難 2
今日はこの時間の追加投稿になります。
家族と執事、メイドを合わせて十人以上いるはずのブルックス家の食堂を異様な静けさが包む中、一人カチャカチャと極力音を立てないように配慮した、綺麗なナイフとフォーク使いで、サーヤは着席して食事を一人だけ進めていく。
両親も兄達も、まだ呆然と白い灰が窓から闇夜に消えていくのを見つめる。いち早く立ち直った当主ケビンは、一人だけで黙々と食事を進めていたサーヤに邪魔にならないように声をかける。
「サーヤ、今言った言葉は本気かい?」
「お父様、何か分からない点がお有りでしたか?あぁ、特定の相手はいないのはお分かりだと思いますが、改めてお伝えしますね。私は誰ともお付き合いはしていませんわ」
「その点ではない。私が確認したいのはお前が冒険者を続けて、オリハルコンランクになると言った事だ」
「はい、本気ですが何か?」
「……そうか」
そのサーヤの眼差しを見て、ケビンは思い出していた。先日、サーヤがメリダダンジョンの三十九階を攻略し、プラチナランクがほぼ確実視出来た段階で、冒険者廃業届けを取りに人をやったダンジョン管理事務局から、先程灰になって消えていったあの書類1枚を、わざわざケビンの職場まで持ってきたダンジョン攻略課のダナン課長の眼差しが似ていた事を。
ケビンからすれば、アルミナダンジョン国に自分達ブルックス家が建国以来どれだけ貢献してきたかを分かっていた為、例えサーヤがプラチナランクの冒険者になったとて、巨大な個人戦力として大事なかわいい娘を国にこのまま奉仕させようとは微塵も思っていなかった。
その為、プラチナランク冒険者の廃業という大事とはいえ、紙切れ1枚のために国の中枢であるダンジョン攻略課の課長が持ってきたからといって、一通りの対応をして帰って貰うつもりだった。
秘書とスケジュールと面会の時間確認をした後、応接室にてしばらくダナンを待たせたケビンは軽い挨拶だけして帰ってもらう気満載で部屋に入っていこうとした。
そこには静謐な表情の阿修羅像のオーラを背負った男が、案内されたソファーに寄りかかる事もせず姿勢良く座っていた。
これが一流の冒険者も兼任する元保安部の人間かと思わされた。前回4年前に会った当時のダンジョン課の課長は珍しく資材部から出世した人間と聞いていたが、これ程保安部と資材部で違うのかと思い知り、多少なりとも入るまでの考えを改めて、自分もその向かい側に立ち、挨拶を交わした後にしっかりと座った。
「済まないね、少し立て込んでいて。待たせたかな?」
「いえ、こちらがお約束もせずに伺った次第ですから。こうしてお会いできるだけで望外です」
「それで?今日はわざわざ紙切れ一枚の為にここまでご足労頂いたのかな?」
「いえ、幾つか事実確認をしたい点がありまして。まぁ、通常手続きの一環です」
「ダンジョン攻略課の課長がわざわざ紙切れ一枚持ってくることが通常手続きと?」
「はい、プラチナランクの冒険者の人生ですから」
挨拶後、どちらも直ぐに本質的な話をするが、ぼやけている感じをケビンは覚える。それはダナンの後ろに見える阿修羅像が静謐な表情のままだったから、感じた事かもしれない。
「プラチナランクの冒険者ね…私も商売柄、どれだけ人間離れしたものかは分かっているつもりだが、最近はこの国に喧嘩を売るような所も無いからね。うちの娘がそんな怪物とはどうにも思えんのだよ」
「失礼ながら、この国の武力を内外にて売るブルックス家ご当主のお言葉とは思えませんな」
「皮肉に聞こえて気分を害したなら済まないが、私達が売っている武器はここだけにあらず、惑星カリステ全域で販売してるからね。そのステータスが、どれだけのものかという基準が君達ダンジョン管理事務局の方々とは違うのかもしれないね」
「…プラチナランクの冒険者では、もはや一国を脅かすには不十分と?」
「端的に言えば、そうなるかな。いや勿論我々も武力というものを多少なりとも理解しているつもりだからね、全面的には否定しないよ。ただ一万人もの兵士を一人で何とか出来るとは、これだけ進化した武器を取り扱うものの側からは大言壮語と言わざるを得ないね」
「それほど変わったと?」
「武器は進化したが、人が変わらないのであれば、この三百年で君達の行っている冒険者のそういったランク付けも古くなったと言わざるを得ないんじゃないかな。まぁ、我が国の武力に不安があるとは言わないが…」
ケビンは自分が言う事がおよそ間違っているとは思わなかった。特に自分が他国に卸している武器をここのダンジョンでもサーヤを始め何人にも試験的にも実用的にも、使って貰っているが、それぞれトップレベルの武器はプラチナランクでも十分に通用しているのはデータからも明らかだったからだ。
「そうですか、ケビン様ですら、そうお思いという事は武器を扱う商家全体がそういう認識であると、こちらが思ってもしょうがないという事ですな。本来我が国の礎たる皆様商家にそのような不安を与えてしまって本当に申し訳ないとしか言いようが無い。分かりました」
「分かってくれたかね、では…」
「はい、お前たちは武器を取り扱う「始まりの七家」の信用がない、この際プラチナランクの冒険者の武威を示してみせろ、ということですね。ではそのような不安を感じる必要などないとご覧にいれましょう。2時間程後にまたお伺いします。では」
「はっ?」
ケビンの目の前で、阿修羅像がニヤリと笑い、ダナンは当然と言わんばかりに立ち上がり一礼して外に出ていく。圧倒されたケビンは秘書が呼びにくるまで、暫し呆然としていた。
2時間後、ダナンは店の前にヤーガーラダンジョンの40階のフロアボスであるフロストドラゴンを先程来た時と変わらないキチッとした制服姿で持ってきていた。全長15mを超える怪物を引きずり持ってくる姿に、ケビンは上位の冒険者の武力というものを納得せざるを得なかった。再び応接室にて向かい合う二人にはお互いへの理解の色が見えた。
「君はその背中の阿修羅像同様に怖い面があるみたいだね。あれはどうすれば良いかね」
「ケビン様に我々ダンジョン管理事務局の武威を示す機会の為に持ってきたものですので、お好きになさって下さって構いません」
「あれから取れる素材だけで、一生遊んで暮らせる財産だと思うが」
「私はダンジョン管理事務局に勤める一公務員ですから。アルバイトみたいな事は管理職になってからは完全禁止になっていますし、もしバレたらクビです。なのでお願いを1つだけきいていただけると有り難いですね」
「なんだね、今なら大抵の願いに応えよう」
「では恐れ入りますが、これは私ではなく、ケビン様にとって重要なお願いになるかと思います。サーヤ様が無事メリダダンジョンの四十階にたどり着き、無事にフロアボスであるバジリスクを倒した暁には冒険者ランクがプラチナランクになります。そこまではよくお分かりですね?」
「あぁ、勿論」
「それで、その際に冒険者廃業届けをサーヤ様にお渡しするおつもりと?」
「ダナン君、少しくどいね」
「申し訳ありませんが、性分なものでして。では単刀直入に。その際、もし彼女にこの冒険者廃業届けをお渡しする時は相当の覚悟をお持ち下さい」
「覚悟?どんなだね?」
「その時になれば、ケビン様ならお分かりになると存じます」
ケビンはこの時のダナンの言葉と、全てを見透すかのような眼差しと静謐さが変わらない阿修羅像の表情にゾッとしたのを、今それこそ眼の前にいるサーヤの強い意志のこめられた目をみて思い出していた。
もし彼女のオリハルコンランクへの道を邪魔をするなら、ブルックス家は一夜にして簡単に潰されるのを、ケビンは分からさせられたからだ。
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
気にいらなかったら、貴重な時間を使わせて申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。