第三話 エナミは呆れる 3
エナミとしては何とかレラとの不都合な出会いをやり過ごした後、査問委員会の調査がある迄は官舎で一時的にノンビリ過ごしていた。実際の所はサイテカ連合国でのバカンスの後だった為、珍しく仕事にやる気になっていたので出来る限りの書類作成は官舎でしていた。
ただし、自身の相談窓口担当の冒険者にはサイテカ連合国にいた頃から魔法のペンを使い、個別に細かく相談にのっていたので、実際の所はそこまでの支障は無かった。
寧ろ何故魔法のペンを使ってイーストケープで各冒険者達の相談を受けていた時には、誰もこのエナミのスパイ疑惑の件を伝えてこなかったのかも、ヤミールみたいに査問委員会に質問をされた人間はちゃんと口止めされていたからだと分かり、ホッとするくらいだった。
それ故に実際のエナミの状況について把握していないであろう人間の内、ただ一人を除いてはダンジョン管理事務局の対応は十分に取れているものと彼は考えた。しかし、その唯一人が非常に大きな問題として存在しているのも彼はハッキリと認識していた。
サーヤ・ブルックスが次のエナミの相談窓口担当日にダンジョン管理事務局にやってくるのは分かりきっており、その予定日までは後5日しかなかった。
そして、もしその場で彼女がエナミのナランシェ連邦のスパイ疑惑について把握してしまったら、誰もダンジョン管理事務局の破壊を止める事は出来ないであろう事は想像にはかたくなかった。
恐らくダナン課長が自身のプラチナランク冒険者相当の実力を発揮して細やかな抵抗を見せようとするだろうが、彼女の飛び抜けた実力と、その後ろに見えるケビン・ブルックスの影には成すすべがないであろう事は、自分がサイテカ連合国に連れていかれた経緯を考えたら、分かる事だ。
寧ろ、ダンジョン管理事務局側の最低限の準備として「異端なる者」をダンジョン攻略課に用意しておく位の覚悟が必要と言えた。
しかし、そんな事態を把握しているであろう「始まりの七家」の武器商人とわざわざ事を構える様なマネをしない事も理解していた彼は、そういった状況の中で、果たして上層部は後5日で何処までこの釣りをコントロール出来るのか、また解決策を用意しているかまでは分からなかった。
ただそんな状況について深刻そうに考えているエナミもまた、実際にはサーヤのぶちギレモードについては他人事の様に冷静に見ており、たまには周りも痛い目にあえば良いのに、淡々としていた。
そんな案外官舎で自宅待機を満喫しているエナミとは裏腹に、ダンジョン管理事務局の人事部査問委員会側の動きは、一見外からは全く動いていない様に見えるものだった。
特にエナミがサイテカ連合国から帰ってきて、堂々とダンジョン管理事務局にやって来てダンジョン攻略課に顔を出した時点で、上層部の意向を十分に教えられていない査問委員会は2つの見方に綺麗に割れた。
一つは当然の事だが、エナミが自分がナランシェ連邦のスパイだとダンジョン管理事務局にバレてもまだ身の潔白を証明できると安易に考えているというエナミを程度の低い能力の持ち主と見ている者。
もう一つはエナミがナランシェ連邦とは全く関係無く、査問委員会が集めた周囲の証言通りに、たまたま監視の緩いサイテカ連合国でジエ・パラマイルに狙われた被害者側という者。
どちらが真実かはエナミやその周辺の者達からすれば明らかな事で最初から出来レースだったが、あくまでも自分達が正しいと思い込んでいる人間には中々それを直す事は難しい。
特に今回のエナミのスパイ容疑の件の査問委員会の調査担当者であるグレン・オッペンハイムは「始まりの七家」の次期当主であるイシュタル・タランソワから直々に指名をされた為、決してエナミがナランシェ連邦とは全くの無関係であるとは認められない側の人間であった。
エナミがサイテカ連合国帰りで明らかに何の疑いもなく堂々とダンジョン攻略課に現れた時も、これ幸いとばかりに自身で課に乗り込み、颯爽とこの問題を解決してしまおうと意気込んでいたが、査問委員会での直属の上司に止められていた。
その為、オッペンハイムは自分達の部署の窓からダンジョン管理事務局から飄々と出ていくエナミを歯痒くも見送る事しか出来ず、すぐ側で厳しい顔でオッペンハイムが妙な動きをしないか見ていた上司に噛み付くしかなかった。
「何故このタイミングでエナミを拘束し、査問にかけられないのですか?私なら奴を締め上げて、直ぐにナランシェ連邦のスパイだと自白を取ることが可能です!!」
「落ち着き給え、オッペンハイム君。この件は君が安直に考えている程簡単な問題ではないのだよ」
「はは、いつもの上層部の意向というヤツですか?そんな事は査問委員会には関係無いのでは?本来、我々はダンジョン管理事務局の中でも独立した権限を与えられている筈です。むしろそういった一部の偉いさんの思惑から外れて、正義を成すのが役割ではないのですか?」
大きな身体でオッペンハイム本人は上司に詰め寄る。元々今回の調査の際に見せていた気弱気な態度は当然の事ながら偽装であり、本来は自分自身のサイズを生かした圧迫感ある尋問が彼の持ち味であった。
「オッペンハイム君、そういう君にも何か思惑があるんではないかという懸念があるという者もいるんだが?」
「……全く身に覚えがありませんね」
「ならば、当局の意向に従い給え。ちゃんと君にはあのエナミ・ストーリーと対峙する場を近々設ける。そして彼も決して逃げないだろう」
「何故そう言い切れるのですか?」
オッペンハイムは千載一遇と考えていた機会を逃したとばかりに悔しさからついつい噛みついてしまう。
「自分がスパイだと疑われている人間がそれを直属の上司に知らされても尚、堂々とああしてダンジョン管理事務局の正面玄関から出ていくんだぞ?逃げる筈なんてないだろう」
上司は呆れ半分でそう言い募るが、オッペンハイムは軽く目を逸らす事しか出来なかった。
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