閑話10 ミズキはイヤな気分になる
ラミーがサイテカ連合国からアルミナダンジョン国に帰国した翌日に、緊急の外交部会が開かれた時、第三外交課課長補佐のミズキは非常に嫌な予感がしていた。
そもそも今回のサイテカ連合国の「海鳴りの丘」のダンジョンブレイク解決は、ラミーが勝手にライアン・ヒューイットに約束した物で、ダンジョン管理事務局としては後付けで認可した形だった。
実際にはエナミとミヤというアルミナダンジョン国の2大戦略級人材を送り出してサイテカ連合国のダンジョンブレイクそのものはアッサリと解決したらしいので事なきを得たが、その後処理をラミーが上手くやれたかの確認程度の話が、こんな緊急の部会なんて形になるとは思えず、別件の厄介事が舞い込んで来たのは間違いない。
しかも何故か普段なら外交部会程度には出てこないフルシュミット国際事務局長が上座に座り、何かに対して怒りを堪えきれない顔で必死に部会が始まるのを待ち構えているのを見ては、ミズキの嫌な予感が明確にとても嫌な気持ちへと移り変わっていた。
緊急の外交部会は第一外交課課長であるラミーが呑気に最後に席に着き、外交部長がいつもの開始の挨拶をしようとする直前に、ラミーに発言を求めるフルシュミットの怒りの声で始まった。
「……それで?ラミー・レバラッテ第一外交課課長。君から今回の外交部会を緊急招集した動議である内容の詳細について説明してもらえるのかね?一体全体今回の議題は何なのだね?私の耳にはあのナランシェ連邦の外務大臣ジエ・パラマイルに、君ともう一人のダンジョン管理事務局の職員が極秘裏にサイテカ連合国で会い、しかも戦闘状態に陥ったと聞いているが、間違いないかね?それともラミー課長、これから君が始めるのはその申し開きかな?」
あまりの怒りにフルシュミットは静かだが、全体に聞こえるように硬さと強さを含んだ声をラミーにぶつける。誰がどう見ても冷静とは言えない、額に青筋を立てたままで必死に暴発をこらえる国際事務局長にそんな事は全く関知しない男は平然と言い放つ。
「申し開き……申し開き?それこそ一体全体何のことですか、フルシュミット国際事務局長?僕はライアン・ヒューイット閣下と今回のダンジョンブレイクの解決についての協議を行っていた時に、嫌な予感がしたから、エナミ君がいる所に行ったら、あの年食った幼女もどきがそこにいただけですよ?」
「……あくまでもその出会いは偶然という気かね?」
「うんうんうんうん、偶然も何も、僕もエナミももらい事故みたいな感覚ですよ。だってあのおばさんが突然イーストケープの街に現れて、エナミを暗殺しようとしてあれやこれや企ててたのを、彼一人魔法とスキルの実力行使で防いだだけですよ?しかも何人も影で部隊展開していたのを周りの環境にはほとんど被害も出さずに。その後になって、二人が膠着状態になっている状況でようやく自分が二人の元にたどり着きましたけど、もう僕は互いの確認作業みたいなものしかしませんでしたね。僕が誰だか分かったみたいで、あの「魔女」もすぐに退席しちゃったし。そういう意味では僕も有名に……」
「君には簡潔に話をまとめるという能力は無いのかね!!」
フルシュミットは自分の前のテーブルを力いっぱい叩くも、普段からゴールドランク冒険者同様の力を持つ連中の行いに耐えられるように出来ているテーブルの強度には何ら響く事なく、やり場のない怒りの反動は両手の痛みと真っ赤になった手のひらで十二分に感じるしかなかった。そんな静かに怒り狂うフルシュミットの態度を全く理解できないとばかりに、ラミーは言葉を重ねてしまう。
「えっとえっと、僕にはフルシュミット国際事務局長が怒っている原因がさっぱり分からないのですが、もしかして、国際事務局長はこのエナミと僕とあのおばさんの出会いが、うちとサイテカ連合国とナランシェ連邦を巻き込んだ戦争の引き金にでもなるとお思いですか?」
「他に何が考えられる!?あろうことか、あのジエ・パラマイルがサイテカ連合国で、君らアルミナダンジョン国の要人を暗殺しようとしたのだぞ。これがメディアなんぞにより明らかになったら、どう考えても戦争になるに決まっているだろう!!その前にこちらとしては打つべき手をだね…」
「それは無いでしょう」
「なんだと……」
怒り狂いながら、滔々と説明しようとするフルシュミット国際事務局長の発言をバッサリと切るラミーの豪胆さに、すぐそばの席に座るミズキミは胃がせり上がりそうになるのを必死にこらえていた。どう考えても説教モードのこの場での最高権力者に対して、まったく無頓着にいつもの調子でやり取りするラミーの怖さを痛感せざるを得なかったからだ。彼がこの場でフルシュミットに殺されても誰も庇う事も、ましてやフルシュミットを罰する事も無い事は想像に難くなかったが、そんな事はお構いなしに、ラミーは言葉を続ける。
「だってだってだって、彼女はさっさとその場から消えたんですよ。その上でエナミにナランシェ連邦で会おうって捨て台詞で言ってましてからね。どう考えてもナランシェ連邦にエナミ・ストーリーを招待したかったとしか考えられませんよ。僕の能力も反応しなかったしね。だからこそ彼がこの国に戻って来た時に準備しておかないといけないと思いますよ」
「……何をかね」
「それは……」
ラミーがフルシュミットに語る内容はミズキにとっては非常に嫌な話だった。ただしラミーはその後、何の処分も受けずに、スキップで外交部会の場を去っていったが。
因みにミズキがこの後、少し遅れてミヤ・ブラウンが帰国した際に、さらに嫌な目にあわされていたのはここだけの話だ。
間章もあと一話です。
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