閑話8 グラハム・ランドールは笑う
エナミ・ストーリーがナランシェ連邦のスパイ容疑で国家反逆罪に問われるという情報を、いち早くアルミナダンジョン国に置いている者から手にしたグラハム・ランドールはランドール共和国の大統領府の執務室で心の底から笑っていた。
若くしてあれ程国に貢献してしまった才能溢れる彼ほどの人物ならば、当然ダンジョン管理事務局の中でも疎んでいる者もいる事は同じ様な経験があるグラハムからすれば手に取るように分かった。
自分の場合はこの舞い戻ってしまったランドール共和国の大統領という立場に執着が無かったからこそ簡単に手放し、アルミナダンジョン国に亡命する事が出来たが、普通の感覚ならばそんな事は出来ずに泥沼の状況に追い込まれた事は想像に固くなかった。
今回もエナミがサイテカ連合国のダンジョンブレイクをアッサリ解決してしまった事はダンジョン管理事務局の広報からも分かる者なら分かる為、アルミナダンジョン国の内部でも更に妬ましく、疎ましく思っている者も多くいるのはしょうがない事だ。
だからこそエナミがアルミナダンジョン国に戻ってこない内に、ほんの少しの瑕疵をさも大きくして、こんなにも浅はかな形でナランシェ連邦のスパイ容疑という形に飛びついてしまったのだろう。
実際に今回の事を主導した人間達は、今もナランシェ連邦のスパイ容疑の裏が取れずにバタバタしており、自分の所の査問委員会なる内調機関すら使って、何とか国家反逆罪の形にしようと躍起になっているらしいから、始末におえない。
これで本当に何も問題が無かった時の事を考えると、ランドール共和国大統領として、レラの一人の親として、どちらの立場でも是非とも我らがランドール共和国にエナミ君にはやってきてもらいたいものだと、先程まで笑っていた顔を引き締めて考える。
「それにしても何故このタイミングで……」
つい誰も居ない執務室でグラハムは呟く。このエナミが陥った状況の報告を彼が手にしたのはつい先程の事だが、これは他所の国の人間が知ることが出来る最速の速さだろうから、ナランシェ連邦としてはまだ知らない可能性が高く、現に何のリアクションもしていない。
むしろ普通に考えたら、この段階でこの様なセンシティブな国際関係を揺るがしかねない情報が漏れるのは、非常に不味い。
特にアルミナダンジョン国を取り囲む4大国の中で一番お互いの関係性が不安定なナランシェ連邦と、こんな揉め事が起きる事が間違いない情報は、エナミを捕まえて本当にスパイとしての関係性が確認されるまでは外に漏らして良いはずが無かった。
つまりエナミがジエ・パラマイル外務大臣とサイテカ連合国内で接点があったのは事実であろうが無かろうが、彼をナランシェ連邦のスパイとして身柄をダンジョン管理事務局が確実に抑えてからナランシェ連邦を批難する形以外ではありえないのだ。
それをエナミがまだサイテカ連合国でのんびりしている筈のこのタイミングで外部に漏れているという事は確実に別の理由がグラハムには考えられた。
「まるで釣りだな。いや、ボードゲームみたいなものか……であれば指し手は誰だ?」
ついつい独り言が増えるグラハムだが、思考を止める事は無い。何故なら自身がこの問題に巻き込まれれば話をランドール共和国など一瞬でアルミナダンジョン国のオリハルコンランク冒険者に蹂躙されるのは目に見えていたからだ。
あの現実主義者のアデル将軍でさえ、対抗するのは無理だとはっきりグラハムに告げている以上、正面から対立する事を避けるだけで無く、ちょっとした貰い事故からでさえも
彼らとは事を構えるのは避けなくてはならない。
その為、アルミナダンジョン国の指し手よりも対立軸にいるはずの人間に考えを及ぼそうとする。
「ナランシェ連邦の「魔女」ジエ・パラマイルはどう動くか……」
グラハムはまだアルミナダンジョン国に亡命する前に彼女とは何度か外交の場で会っていたが、その時の事を思い出すとついつい苦虫を噛み潰したよう顔に、気が付くとなってしまっていた。
グラハムが十代で父親のサポートとして初の外交の場に立ってからアルミナダンジョン国に亡命する迄の間、彼女を見る度に全くあの幼い容姿は変わらなかった。
しかしその幼い容姿からは想像出来ないほど悪辣な外交手腕で、周辺国と緊張関係を維持させていた。
武力やダンジョンからの資源供給のサポートの面から、普通ならもっと仲良くしていてもおかしくないアルミナダンジョン国との関係もあくまでも中立的な立場を維持させていた。
少しでも相手に隙が有れば、そこをついて自分の立場を良くするのは当然の交渉上でのやり取りだが、それ以上にあからさまに容赦なく仕掛けてくる「魔女」のやり方はそれとは一線を画する物で、何をやってくるか分からない恐さが常にあった。
だからこそ、他の国と比べても脆弱な軍しか無いナランシェ連邦が中央大陸の4大国として、今だに広い領地を維持出来ているとグラハムは理解していた。
ジエ・パラマイルが今のポジションから変わった時が、あの連邦の崩壊の兆しになるであろう事は周りの国は分かっており、今回の一件もその火種になる様に画策している者もいるとグラハムは考えていた。
だからこそ、今回のエナミのスパイ容疑に対して、実際にジエ・パラマイル自身がどう動くのか、グラハムも注視せざるを得なかった。ちょっとした彼女の気まぐれがランドール共和国を潰し兼ねないのが想像できてしまったからだ。
「全く、会いもしないのに話題には事欠かない男だ。まぁ、ランドール共和国とレラに迷惑をかけてくれなきゃ、それでいいさ」
ついつい愚痴混じりに笑いながらエナミを非難するグラハムを誰も見る事は無かった。
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