閑話7 マリーは理解に苦しむ
グレン・オッペンハイムはヤミールと冒険者求人課の前で会うまでに、彼は冒険者求人課の受付にやってきており、マリー・カルフロールと話していた。
マリーはオッペンハイムからエナミの国家反逆罪の疑惑について説明された時、それまでのビジネススマイルが崩れて、つい眉間に皺を寄せてしまい、彼女としては強い口調で詰め寄った。
「何故エナミ君にその様な、国家反逆罪にあたるという疑惑が出たんですか?」
「マリーさんにはお伝え出来ますが、彼にはナランシェ連邦のスパイ容疑があるのです」
「いえ、ですから何処からナランシェ連邦のスパイだという荒唐無稽な容疑が出たのか訊きたいのですが?」
「その点についてはお伝えする権限が私にはありません」
「はぁ、それでは査問委員会という絶対権力者のオッペンハイム様のお仕事はあくまでもどなたかの伝書鳩程度の伝言のお使いという事ですか?」
「……そう言われると何も否定出来ません」
非常に大柄なオッペンハイムに全く引く事無く、マリーはとても落ち着いた口調だが強く言い募る。当然の事だが、本来なら課長クラスの役職者であるオッペンハイムに対して、一受付程度の彼女がこうやって抗議出来るものではない。
しかし、このマリー・カルフロールはただ冒険者求人課の一受付という立場ではない。「始まりの七家」カルフロール家の次女として、この国の礎を築いてきた、今なお築いている側の人間として発言していた。
彼女にとって、このダンジョン管理事務局の冒険者求人課の受付という仕事は腰掛けではないが、どちらかと言うとカルフロール家とダンジョン管理事務局のパイプ役として、色々な意味で都合の良い仕事だという事でやっているに過ぎなかった。
そう、あくまでもダンジョン管理事務局側とカルフロール家側の双方の要請と合意でこの冒険者求人課の受付をやらされているに過ぎず、彼女としては何の執着も無かった為、ダンジョン管理事務局の役職者であろうと、歯に衣着せぬ発言をしてしまえた。
本来ならば、王立アカデミーの次席にしてその将来をカルフロール家の周囲からも嘱望されたマリーが、「始まりの七家」の人間として、このアルミナダンジョン国の、いや中央大陸の食料供給のバランスを取るだけの才覚を充分に兼ね備えた彼女が、ただの冒険者求人課の受付をやっている訳が無かった。
そんな彼女の立ち位置を十分に理解しているグレン・オッペンハイムとしては、査問委員会として情報を引き出す以上に、彼女に必要以上の情報を渡さない様に振る舞う以外には選択肢は無かった。
マリーは考えが纏まった為か、眉間の皺を消し去り、雰囲気も柔らかくしてビジネススマイルで丁寧に萎縮して、警戒するオッペンハイムに語りかける。
「それで?こんなしがない冒険者求人課の一受付の私にエナミ君の何が訊きたいというのですか?」
「マリーさん、謙遜が過ぎますがお仕事お忙しい中ありがとうございます。お答えいただけない内容でしたらそれでも構いません」
「そういうのは結構です。それで質問内容は何ですか?」
「それでは一つだけ教えていただきたいのです。マリーさんから見て彼は王立アカデミーの頃から、我がアルミナダンジョン国以外の4大国の留学生や冒険者と仲良くしていましたか?」
「王立アカデミーの頃は冒険者の方々との接点が少なかったので、そちらは分かりませんが留学生はライアンを始め、別け隔てなく接していたと思います。ただしそれは留学生に限らず、一般生徒も同じように対応していました」
「分かりました。それだけ分かれば構いません。お答えいただき、ありがとうございます」
オッペンハイムは深々とマリーに頭を下げ、これ以上の余計な追及を受けないようにと、冒険者求人課を足早に出ていく。手を伸ばし声をかけようとしたマリーもその素早い彼の反応に諦め、深いため息をつき、呟く。
「まったく。三か月もアルミナダンジョン国に帰ってこないと分かっているから、エナミ君を疎ましいと思っている人間達がこれを機にやりたい放題じゃない。ダンジョン攻略課や他の部署の偉いさん達は一体何を……」
自分が独り言を言っている間に考えが纏まり、その考えが正しいか暫くの間黙って検証していたマリーの受付の前に、ヤミールが戸惑った顔のままやって来た。マリーは彼が目の前に来るまでに考えが纏まった為、本物の笑顔で迎える。
「マリーさん、そこで変な大柄な奴に絡まれたんだけど……」
「こんにちは、ヤミールさん。その方は査問委員会のオッペンハイムさんですよね、私も先ほど質問を受けました」
「やっぱり、マリーさんも…エナミの奴は大丈夫なだよね?」
あれだけ今までコテンパンにやられてきたエナミを心配するヤミールを見て、これは珍しいとばかりにエナミ君に教えてあげたいなと思うマリーの心には、非常に余裕と確信があった。
「大丈夫ですよ、ヤミールさん。彼の名はエナミ・ストーリーですよ?この国ではストーリー家は平和の象徴なんですから。彼に手を出す人間がいるなら、きっと」
「きっと?」
「とてつもない天罰が下りますわ」
冗談には聞こえない声色で、笑顔でマリーはそう宣言した。
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