第十三話 サーヤ・ブルックスの災難 1
とある夜、サーヤはブルックス家の豪邸の自室にて、メリダダンジョンの四十七、八階層の攻略に向けて、自身の装備と攻略ルートのチェックに余念が無かった。
たまたま夕食に父親のケビンがいなかった事も、外で旦那様はお食事を取られるようですと母親に執事が言っているのをすぐ側で聞き、何処かで接待や会合なども多い仕事なので気にすらしていなかった。
少し彼女の過去を振り返っていくが、サーヤが小さかった頃はそれこそ父親であるケビンが毎晩どうやってか夕飯前に帰ってきては様々なプレゼントを持って来てくれるのが、彼女の一番の楽しみだった。
そんな関係も十三才になって、サーヤ自身がメリダダンジョンの冒険者となり、彼女が夜も家を空ける事が増えると共に、徐々に思春期の娘と父親という年相応の距離感となっていた。
これについては、はっきり言えば冒険者相談窓口に通い始めた頃、エナミに何か言ったり、何かやったりする度に「またお父様のお力ですか?」と鼻でせせら笑われ、挑発される事が何度もあった為、自然と彼には頼らないように努力をしだしたのだ。
そうやって徐々に自立していく娘に、心配したおしていた両親は、サーヤがシルバーランクになり、十階層後半に行く頃には、なんだかんだ言って、約束が守られて続くかどうかも分からないけれど、娘は冒険者になってちゃんとした人間になっていっていると、その成長を良かったと思い始めていた。
一方で、そんな自立していくかわいい妹の変化について、まだまだ甘やかし足りない兄達は懐疑的な目で見ていた。後ろで誰かが良からぬ事を吹き込んでいるんじゃないかと、妹にあれやこれやとバレずに嫌われない範囲で探りを入れた。
そんな彼ら三人が溺愛する妹への諜報活動に取れる行動は、ブルックス家が誇る新進気鋭の武器商人である自分達のコネクションを最大限に使い、「新しい装備を妹の元に持って、機嫌をとって情報収集アタックをする!!」だった。
しかし彼ら渾身のこの行動は完全に裏目に出てしまい「またお父様のお力ですか?」が「今度はお兄さま達のお力ですか?」に変わっただけで、二度目の装備プレゼント大作戦の後、サーヤが家に帰って来る時の表情は苦り切っていた。
大好きな兄達にも「お兄様達のサポートは非常に有り難いのですが、このメリダダンジョンの攻略は自身の問題なので自分のペースでやりますので、余り干渉はしないでいただけますか?」と憤懣やるかたない気持ちを、仮面のような笑顔で隠して、結果として兄達への情報公開を拒否するようになってしまった。
それからの三人兄弟はこんな目に合わせた彼女の影にいる存在を逆恨みし、いつかギャフンと言わせてやろうと、エナミの事を入念に、しかしサーヤには決してバレないように調べ出すのだった。
そんな家族内での微妙な関係性も一年程前に、サーヤが無事にそして見事に四十階を攻略して、プラチナランクに到達してから劇的に変化した。
サーヤが約束を果たした当日、両親と三人の兄達はメリダダンジョン攻略直後に家にも寄らずにダンジョン管理事務局に向かった娘の結果を、ダナン課長から直接連絡がケビンの元に入る形で知った。
その際、プラチナランク昇格を伝え聞くとともにみんなで涙を流し、彼女自身の手で自由の力を手に入れた事から、こんな危険なダンジョン攻略なんてもういい加減止めるだろうと、冒険者廃業届けを持って屋敷で出迎えた。
サーヤはブルックス家の豪邸に帰って来るなり、誇らしげにプラチナランクのライセンス証を皆に見せたが、一旦落ち着いて自室で用意されていた正装に着替えてから、お祝い為の豪華な夕食を前に支えてくれた家族や屋敷の者達に挨拶をした。
「私がプラチナランクの冒険者になると言って、この4年間、家族や屋敷の者達に本当に多くの力を貸してもらった事は忘れておりません。そのおかげもあり、こうして母との約束を守り、十代でアルミナダンジョン国の建国以来稀にみる速さで、メリダダンジョン四十階を攻略し、バジリスクの討伐を果たし、無事プラチナランクの冒険者になる事ができました。本当にありがとうございました」
涙を浮かべながら、ぶれることなく、綺麗な一礼をする成長した娘に、両親は一度枯れた筈の涙が止まらなくなる。
「サーヤ、本当に良く頑張りましたね。貴方がその若さでこんなにも落ち着き、思慮深い人間になれるとは母は思ってもいませんでした。だからこそ、プラチナランクになった日を、こうして今日という日を迎えられた事を誇りに思います」
「サーヤ、パパとママはこの4年間メリダダンジョンに行き続けるお前を見て、なんて約束をしてしまったのかと、心配と後悔せぬ日は一日も無かった。ダンジョンから帰って来ない日は予め分かってても、心配して眠れぬ夜もあった。これからは安心して毎晩眠れるだろう」
「お母様…お父様…」
涙を浮かべたまま顔を上げたサーヤは、両親の言いようが、イマイチ自分の心情と違う事を感じた。その微妙な気持ちの行き違いがはっきりしたのは、次の三人の兄達からの言葉であった。
「サーヤ、これで冒険者を辞めて、舞踏会に行けるな。ちゃんといい男を紹介するから安心しろよ」
「そうだぞ、ここ最近のお前に近い年の奴らはみんなチェックしてあるからな。どんなタイプでもバッチリだぞ」
「勿論、お前が誰に決めても俺たちはちゃんと応援するぞ!!」
「お兄様方…」
「「「ただし、当然俺達の厳しい審査を超えてもらうけどな」」」
父親と母親も畳み掛ける。
「そうだ、サーヤ。こうして私の方で冒険者廃業届けも用意しておいたしな。これからは我がブルックス家の娘として、危ない冒険では無く、我が家の次世代の繁栄の準備をしてくれないかな?」
「そうよ、サーヤ。母としてはもう肩書や経歴には拘りません。貴方が幸せになれる方を選びさえすれば、それだけで満足です。私達自身も恋愛結婚してそれなりの苦労はありましたから、気持ちは分かってあげられると思います。勿論早めに孫を抱かせてもらえたら更に嬉しいですが、それは貴方のペースで構いませんから」
嬉しそうな笑顔でサーヤを見つめる両親。冒険者廃業届けを父親から渡されたサーヤは先程の幸せだった気持ちが、一秒一秒だんだんと醒めていくのをひしひしと感じていた。
かたや喜びの絶頂の家族達、かたや呆れ果てた自分。全てを理解した娘は涙を浮かべていた筈の両目が乾き、作り笑顔と冷めた目で家族と執事やメイドをゆっくりと見渡す。
「…家族の気持ちは大変よく分からさせられました。これまで大変な心配をかけて申し訳ありませんでした。ただ、本日は皆様にもう一つ大事な報告があります」
予定外のサーヤの発言の流れに、はしゃいでいた家族達は沈黙する。
「私は冒険者を辞めません。いえ、史上最速でオリハルコンランクになる事を次の目標にしています。なので、これからもその目標を達成するまでは舞踏会に行ったり、結婚のお相手候補を見初める気はありません。申し訳ございませんが、夫と子供を迎えるのはもうしばらくお待ち下さい」
作り笑顔のまま、片手で父親から受け取った冒険者廃業届けを握りしめ、手の中で魔法でその紙を灰にしてからそっと手を開き、あえて風に乗るように仕向けると、窓の外に細かく白い灰が闇夜に消えていった。
そうして家中のみんなが集まっているはずの食堂に沈黙が訪れる中、彼女は悠然と着席し、美味しそうに用意された豪華な料理に舌鼓をうった。
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