閑話1 ミヤ・ブラウンは疑う
間章の始まりです。宜しくお願いします。取り敢えず、間章はエナミが帰って来るまでの話です。
エナミがナランシェ連邦のスパイ疑惑による国家反逆罪という分かりやすく嵌められた感じの状況になる約2ヶ月前、ミヤ・ブラウンはライン地方での一週間の自分なりのバカンスを満喫して、上機嫌でダンジョン調査課に戻っていた。
ダンジョン調査課調査主任としての彼女の仕事は非常にシンプルで、ダンジョンマップの未開のエリアの刷新だった。当然彼女の才能である「マップ作成」が勝手に非常に効果を発揮する為、彼女を五大ダンジョンの深層に連れていける強力な冒険者がいれば、何も問題は無かった。
しかし、当然五大ダンジョンは一つのフロアに一人しかいられないという強大な制約がある為、彼女自身の身を守るのに、ある程度以上の戦闘能力が求められる。
冒険者が先行して先に未開のダンジョンフロアを攻略して、そのフロアに彼女が訪れるという流れでいく以上、モンスターの数は通常よりは減ってはいる。しかし、当然四十階を超えるフロアでの一匹一匹の強さは尋常ではなく、それを何とでも出来る彼女はプラチナランク冒険者を凌駕しているのは当たり前と言えた。
今日も上機嫌に鼻歌を歌いながら、水辺のライカダンジョン四十六階でのマップ作成に励んでいたレラは、同じ様なライン地方での水辺の景色を思い出しながら、そう言えばまだ向こうでエナミ先輩は遊んでいるんだなと呑気に考えていた。
当然そんな彼女の腑抜けた状態にダンジョンもモンスターも優しくはなく、むしろ容赦なく襲おうとしてくる。突然、穏やかだったはずの彼女の側の水辺が波が高くなり、そこから巨大な水龍が襲いかかってきた。
しかし彼女はそんなモンスターの急襲は分かりきっていたように、右手を見もせずにモンスターに確りと向けて魔法を唱える。
「「氷結」」
そうミヤが一言呟けば、目の前の波ごと水龍を止め凍らせていた。一瞬の膠着の後は崩れ落ちる水龍の氷像が新しい波に呑み込まれ消えていった。
「うーん、今回はこの階までッスかね?次まで行くと先行してる冒険者がしんどそうッスね。まぁこの階まで来れれば、残りは四階だけだから、後一月あれば五十階まで行けそうッスね」
簡単に自分もこのライカダンジョンの五十階に行けるかのように独り言を呟いてしまえる「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンの自信を遮る者はその場にはいなかった。
実際に彼女はダンジョン管理事務局の中で言っても、保安部に次いで武闘派と言えた。エナミが五大ダンジョンでのダンジョンブレイク対策マニュアルを練り上げた時に、保安部でも無い彼女が彼のサポートでついていけたのは、王立アカデミーの頃から理不尽にエナミに連れ回されて実力が勝手についていたからだ。
ライカダンジョンの四十六階のマッピングを全て終えた後、ダンジョンリングを使って早々にミヤはダンジョンから去っていった。その後彼女はダンジョン調査課に戻り、マッピングを終えたデータを書面に起こす作業へと立ち向かっていた。
ミヤが自分のライカダンジョンのマップ作成の書類作業が終わりそうになる頃に、彼女の有意義な帰宅時間を変えそうな人物がダンジョン調査課にやって来た。
部屋の天井に頭がつきそうな位の非常に大柄なダンジョン管理事務局の制服をキッチリ着た人物に対応したダンジョン調査課の受付女性が、ミヤのデスクにやってきて彼女に話しかける。
「調査主任、今大丈夫ですか?」
「ん?どうしたんスか?」
「お客さんが主任と話したいって言ってきてるんですけど……」
「?なんか良くない人ッスか?」
「……いや、一応ダンジョン管理事務局の人みたいなんですけど、この名刺を渡されたんです。主任が見れば分かるからって」
煮えきらない部下の言葉は渡された名刺を見て、ミヤにも納得できるものになった。そこには「ダンジョン管理事務局人事部査問委員会所属グレン・オッペンハイム」と記載されていたからだ。
ダンジョン管理事務局人事部査問委員会は事務局の中でも特殊な部署で、事務局員の汚職や犯罪への捜査権を有している。その為、他に所属している事務局の人間からは非常に嫌われてしまう立場の人間だった。
ミヤはその名刺を確認した後、直ぐにマップを作っていた書類を纏めてデスクに仕舞い、査問委員会の名刺を出してきた大柄な人物の元へと向かっていった。向こうもこちらを把握した後に頭を下げてくるが、小柄なミヤからすれば、どちらにせよ見上げるしかなかった。
「こんにちは、そっちはオッペンハイムさんで良いッスか?」
「はい、私はグレン・オッペンハイムと言います。ミヤ調査主任、急に伺ったのに対応いただきありがとうございます」
「いえいえ、あの査問委員会の人が直接私の所に来るって全く何の話か分からないから教えて欲しかっただけッス」
「そうですよね……。我々嫌われてますもんね……」
大柄な体をしょんぼりと小さくしようとしても、全く可愛くないのはしょうがないとしてそんな態度をあの査問委員会の人間が取ることに、ミヤはペースを乱された。
「落ち込む必要は無いッス。やりたくなかったり、人から何か言われても仕事は仕事ッスから」
「はい、そう言われるとやらなきゃなって思えますね。ではミヤ調査主任には一つだけ教えてほしい事がありまして……」
「教えてほしい事?私が答えられる事は何でも答えるッス」
「では、エナミ・ストーリーさんはサイテカ連合国のライン地方であのナランシェ連邦の「魔女」ジエ・パラマイルと会っていたのは事実ですか?」
「あぁ、エナミ先輩はいきなり襲われそうになったって言ってたッスね」
「あなたは見ていないと?」
「あの時はラミー第三外交課課長が途中で参加したって聞いたッス。私は「海鳴りの丘」でダンジョンブレイクの後片付けを女三人でしてたッス」
「分かりました。ありがとうございます。これでまた少し調査が進みました」
「力になれたなら良かったッス」
「はい、ではまた」
大柄な査問委員会のグレンは窮屈になりながら、ダンジョン調査課の部屋の入口から出ていった。その後ろ姿を見ながら、ミヤは呟く。
「はぁ、エナミ先輩の事で何か疑ってるみたいッスけど、本当に先輩がアルミナダンジョン国に弓引くなんて考えてたら、この国はもうとっくに全て終わってるッス」
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。