第四十ニ話 エナミはゆっくりした
ナランシェの魔女に偶然と言うには過激な出会いからエナミはそれまでの鬱憤を晴らすかのように、2ヶ月以上に渡ってイーストケープでバカンスを満喫した。
それはもう今までのアルミナダンジョン国に捕らわれていたと言わんばかりの十年以上の日々を忘れる勢いで、ライアンの配慮もあり、彼がやりたいアクティビティーの数々を心ゆくまで堪能させてもらっていた。
当然、他のアルミナダンジョン国の四人はそんなエナミの狂気の沙汰にはずっと付いている事など叶わず、ミヤが10日程度の少しの間、有給消化で残った以外は、唯一エナミの担当冒険者であるサーヤが彼について残りたそうにしていた。
しかし、彼女は「海鳴りの丘」で圧倒的に見せつけられたエナミの魔法やスキルに負けてられないばかりに、仕事がダンジョン管理事務局で待っている他の二人と共に早々にアルミナダンジョン国に帰る事を選び、ダンジョンブレイクを解決して3日後には帰りの列車に乗っていた。
「サーヤさん、本当に良かったんですか?先輩のいるイーストケープに残らなくて」
「わざわざどうしてそんな事を訊くの?レラさんは私がこうして一緒に帰れてホッとしてるんじゃないの?エナミさんに悪い虫が張り付いていないんだから」
「いえ、仕事がある私達と違って休むだけの大義名分があるのに、そうしない理由が私にはイマイチ分からないんです」
「それは……」
「それはね、それはね、サーヤ嬢はエナミ君に嫉妬したんだよね?自分がもしダンジョンブレイク中のプラチナランクのモンスターの群れ2000匹と戦うにしてもあんなに鮮やかに倒せるかどうか分からないからね。「春雷」の二つ名が泣けてくるから、帰って修練場で特訓でもするんじゃないかな?」
ズバリ核心を突かれたサーヤは黙って車窓から景色を見る。史上最年少のプラチナランクの冒険者として、自分の力がこんなにも弱いと思わされたのは初めての事だった。
しかも普段はダンジョン管理事務局の冒険者相談窓口として書類作業メインで働いているだけのエナミが、自分より圧倒的な戦闘の怪物として存在するだなんて、思ってもいなかった。
いや、サーヤ・ブルックスが今までの冒険者相談窓口での色んなシチュエーションで疑問に感じていた事の答えが、ミシャールの領主館での試しと、あのダンジョンブレイクの最中に出たと思えた。
今回見せられた圧倒的なモンスターへの知識と戦闘能力はあくまでもあらゆるダンジョンの攻略に向いていたのは、彼の見せた「海鳴りの丘」のダンジョン攻略で分からしめられた。
「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンがいるからああいう攻略をしただけで、本来は一人でも同じ速度であのダンジョンを、あのモンスターの群れを攻略してしまっただろう事は想像に難くない。
寧ろエナミは敢えてああいう速く、分かりやすい殲滅のやり方をライアン・ヒューイットに見せる事で、王立アカデミーの昔馴染みに安心感を与える事を狙ったのだろう。それほどの余裕は彼から存分に感じられた。
「……そうね、ラミー課長の言う通り私にはここまで史上最年少でプラチナランクの冒険者になった過信があったんだと思う。今回の「海鳴りの丘」のダンジョンブレイク対応で自分のそんな思い上がった過信なんて何の意味も無かったって痛感させられたわ。だから私は自分の納得する力をエナミさんがバカンスからアルミナダンジョン国に帰ってくる前に手に入れておこうと思うの」
「流石ですね。私にはそんな事を考えられる程の差が分かりませんでしたから、何となく頑張ろうって思えた程度でした」
「私がオリハルコンランクの冒険者になろうと思ってから、ずっと目指していた目標が分かりやすく提示されたんですもの。今回、わざわざ私にどれだけ戦闘能力の差があるか見せてくれたのはエナミさんの独断かもしれませんけど、そこまでされて今頑張らなくて、いつ頑張るって言うの?」
車窓から目を離したサーヤはラミーとレラにはっきりと宣言した。
「私は史上最年少のオリハルコンランクの冒険者になるわ。そしてエナミさんの隣で生きたいと思う。彼がダンジョンに魅入られている限りはね」
そんな壮大な決意をサーヤがしていた一方で、エナミはイーストケープの海岸で、ライアンとミヤと3人でノンビリ海水浴をしていた。ビーチパラソルを砂浜に差し、ゆったりとカクテルを飲みながら、波の音を聞きながらぼんやりと時が過ぎるのを満喫していた。
「エナミ先輩がだらけてるのはダンジョン管理事務局でもいつもの事ですけど、こんなに嬉しそうなのは初めて見るッス」
「そうだろう。俺は今人生で最も充実している時を過ごしているからな。これ以上の至福な時間なんてもう無いかもしれないからな。今を大事にしてるんだ」
「そんなフラグみたいな事を言うと、本当になるッスよ?先輩の事だから、また2ヶ月位してアルミナダンジョン国に帰ったら、何か無茶な状況にきっとなってるッス」
「それでもエナミなら解決する自信があるんだろうさ。なぁ?」
「いやいや、これ以上変なトラブルなんてゴメンだよ。俺はいつもこうやってのんびり、穏やかにしてるのが一番さ。なんせ……」
「なんせ?」
エナミはカクテルの入ったグラスに口を付けて呟く。
「俺は平和の象徴だからな」
3人の会話以外は波音がするだけのイーストケープの海岸でエナミは自身が求めていた唯一のバカンスを満喫した。
彼がアルミナダンジョン国に帰国した時に待っている事も知らずに。
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