第四十話 エナミはゆっくりしたい 3
エナミは「Nemorosum copia」のマスターに出してもらった一杯のグラスの酒を一気に引っ掛けると、さっさと呆然としている店内から出ていき、また半分スラム街くらいの街並みをフラフラと歩いていく。
当然エナミは先程のグラス一杯の酒で酔ってる訳でも無かったが、自分がこのイーストケープの街の何処にいるか全く分かっていない為、気分良くキョロキョロと屋根や周りを見渡しながら歩いていた。
その為、目の前に先程の店に案内した小さな8歳位の女の子が現れたのを認識するのに一瞬遅れた様に見えた。しかしエナミは上を見上げていた視線を彼女に合わせると、全く驚く事無く笑っていた。
「お兄さん、もう出てきちゃったの?さっきのお店のご飯は美味しくなかったの?」
「あれ?さっき彼処まで連れて行ってくれた子かい?心配したよ。どうしてお店から急にいなくなっちゃったんだい?」
「私を心配?う~ん、上手くいったと思ったんだけどなぁ〜、しょうがないか」
「何がしょうがないんだい?」
「ここで死んでもらうね」
少女は笑顔で片手を上げる。彼女が急に手を上げた事で確実に何かが起こりそうな振る舞いだったが、何も起こらない。少女は不思議そうな顔になり、手をおろして首を傾げてこちらも笑顔のエナミに質問する。
「お兄さん、何かした?」
「何かって何だい?」
「例えばお兄さんを狙っていた筈の狙撃手を何かしたとか?」
「君がこの茶番の指揮官だったのかい?それなら良かった。君が最後だ」
「えっ?最後?」
エナミと少女の会話はリズムは合ってるが噛み合わない。しかもお互いに緊張感が無いままに物騒な言葉だけが飛び交う。首を傾げていた少女は困った顔になり、エナミは納得した顔で話を続ける。
「答えてくれないと思うから一応訊くけど、君は何処の所属なのかな?ランドール共和国はグラハム様がいる以上、僕とは揉めたくない。サイテカ連合国でも無いね。シュテルンビルト閣下はダンジョンブレイクを解決してくれる様な相手にこういう絡め手は好きでは無い。ましてや聖カムルジア公国もダンジョンブレイクの安定の為に、こういうやり方をするほど、ウチとモメてる場合じゃあない。となると……」
「お兄さん、イヤな人って言われない?」
「よく言われるよ。で、君の名は?」
「私?私の名は……」
「いやいや知ってる、知ってるよ。何でこんな所にいるんだい、ジエ・パラマイル?君はこんな他国のリゾート地にいる場合じゃないだろ。こんな所に勝手にいるだなんて何処からも情報が来てなかったけど、いつからやってきたんだ、ナランシェ連邦の魔女さん?」
いつの間にか何処からともなくやって来たラミー・レバラッテはジエ・パラマイルと呼んだ少女をいつもの軽薄な笑顔とは違い、真剣な顔で睨みつける。ラミーから魔女と呼ばれた少女は困った顔から笑顔に戻る。
「あれあれ?そこの男前のお兄さんは何で私の事を知ってるの?ってレバラッテ家の息子さんか。貴方はウチには戻ってこないんだよね?なら……」
「ダメダメ、君がやろうとしている事は我々の暗殺だと思いますけど、それは無理、無理ですよ。ここの周囲を見張っていた連中はみんなエナミ君が無力化しましたからね。それとも君が私達二人の相手をしてくれるんですか?」
また笑顔のジエは手を上げようとしたが、途中で止める。ラミーもエナミの方に行くことなく、二人で彼女を挟み込む形で立つ。
第三者が普通に見たら、治安の悪いエリアで男二人が今にも少女を誘拐でもしそうな形だがジエは軽く困った顔をするだけだった。
「それで?私はどうなるの?この国ではこうやって手を上げただけで犯罪になるの?それともちょっと暴言を言ったり、店に人を案内したら罪になる?今の状況だと私が叫んだら私のほうが被害者になりそうだけど?」
「確かに確かに。どうやら私達の方が歩が悪そうだ。この状況で叫ばれたら、間違いなく我々の方が悪者だからね。しかもあの屋根の上や、彼処の路地でのびている男達が君との関係を自白しない限りは、私達に危害を加える目的だとは証明できない。もしそんな時間があったら、あっという間に君はこの国から煙の様に消えていなくなるだろうし」
「そうしたら、どうすればこの場を解決する事が出来ると思う?」
「お互いに会わなかった事にしては?」
その場の流れを遮る様に、エナミが二人のやり取りに軽い調子で口を挟む。ラミーと話していたジエはエナミに振り返り、大発見とばかりに目を見開き頷く。
「そうね、それが良さそう。お互いにこの場では会わなかった。それでいきましょう。流石ね、エナミ・ストーリーさん。ダンジョン以外の事も何でも解決してしまうのね」
「それで、お名前を伺っても?」
段々と口調が子供から大人の様になっていく彼女に、ラミーもエナミも何の違和感も感じている様には見せない。
「あらあら、私とした事が自己紹介が遅れてごめんないね。名告る間もなく、あなた達とはお別れしそうだったから、気にしてなかったの。私の名前はさっきそこのレバラッテ家の息子さんが言ってた、ジエ・パラマイル。ナランシェ連邦の魔女って呼ばれてるけど、ただの外務大臣よ。今度会う時はナランシェ連邦で会いましょう」
彼女は自己紹介をすると笑顔のままで振り返り、誰もいない路地へと消えていった。
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