第十二話 相談窓口の人は偉い人と話すハメになる 2
エナミは肩を落とすも、一度煙草を吸って灰を銀色の歪んだ灰皿に落とし、自身を落ち着かせてからダナンの方を向き、確認する。
「それで本当は何の用なんですか、ダナン課長?」
「そんなにカリカリするなって、ここは俺が奢ってやるから。この間もわざわざ嫌な感じに呼び出して注意して悪かったな」
「いやいや課長、奢ってもらわなくて結構です。プライベートは完全に分けたい派なんですよ、僕は。しかも仕事では課長にも散々に注意されるような事をしてるって自覚はありますから。そんな迷惑かけてる課長に奢ってもらうなんて、余計にややこしくなるじゃないですか」
「嫌な断り方するな、お前は」
「エナミ君、彼にはそういう言い訳が通るかもしれんが、私はそういう訳にはいかん。いつも娘が世話になっている恩人にはちゃんと恩を返さないと」
「ほら、こういう風になるから、なるべくならお会いしたくなかったんですよ。ケビン様、サーヤ様があそこまでの冒険者に到達したのは間違っても僕の力じゃなく、彼女の努力と才能のおかげですから。僕のアドバイスは仕事の範囲内でしかしてないんですから、他の人より数倍以上は頑張ったお嬢様を褒めるべきですよ」
「おっと、いきなり娘との惚気か?挨拶を交わしたばかりで親である私と距離を詰めるのは少し早い気もするが、ここまでサーヤにしてくれた事を考えたら構わんさ。しかも今日はお忍びの場だから、無礼講だしな。私の事をお義父さんと呼んでもいいぞ」
「…ケビン様は有りがた迷惑って言葉を知ってますか?」
「エナミ君、ケビン様に向かってなんて口をきくんだ、ほら、お義父さんと呼んで差し上げ給え!!」
「構わん、構わん。無礼講だ。その代わりお義父さんと呼んでくれ。ウチには息子達の嫁しかおらんから、お義父様としか呼んでもらえんのだよ。お義父さん呼びは初めての経験になる」
ただのカオスとしか言いようがない。ケビンもダナンも笑っている。エナミは自分が酔いとは違う原因で自身のペースを乱されてるのを実感していた。
かたや「始まりの七家」の武器商人達の首魁、かたやダンジョン管理事務局が誇るトップエリートの一つの頂点。二人とも自分よりも交渉事の経験が圧倒的にあり、今回は不意打ちに近い形で組んで臨んでくるからエナミにはどうにもならなかった。
エナミは自分自身と折り合いをつけるように色んな事を諦め、無謀な戦いに臨む気持ちで話を振っていく。
「じゃあ、あれですか、逆にお嬢様に付く悪い虫に警告でもしに来たとか?」
「おいおい、何度も言うがエナミ君は娘の大恩人で、しかも我がアルミナダンジョン国の根幹を担うエリート公務員にそんな事をする訳が無いじゃないか。ましてや君は娘には相談窓口以外では全く会わないみたいだし。寧ろ冒険者としてここまで来た以上、娘を政略結婚させるような必要もないから、君と娘の間で縁があるなら、私が押し推めたいくらいだよ」
「はぁ、僕みたいな炙れものを大事なお嬢様のフィアンセ候補だなんて本気ですか?」
ケビンは眉を軽く上げて、苦笑いしながら葉巻を一口飲んで、煙を燻らす。
「さっきから話してるとエナミ君はどうにも自己評価が低過ぎるね。あれかな、何かそうなるきっかけがあったのかね?娘を史上四人目の速さでプラチナランクにしたのは、君の功績だろ?ダナン君、彼は上の評価も当然良いんだろ?」
「はい、我々もそこが悩みどころでして。彼ほどの実績をあげた現場職員はダンジョン管理事務局全体でも、いまだかつて居ないので、早くポストアップしてもらわんと周りの評価も付けづらくて、昇進も滞って敵わんのです。ただ本人がガンとして異動したがらないんですよ」
「ほう、ダンジョン管理事務局きっての若手ホープしかいない筈のダンジョン攻略課の中でも最優秀か。ますます娘の婿候補にはもってこいだな?なんで異動しないんだね、やっぱり娘の事が心配で…」
「ホントに二人して僕をイジメないで下さいよ」
エナミは両隣の口元の方に手を伸ばす素振りを見せる。流石に自分の生殺与奪権を持つ明らかに偉いさんであるため、失礼の無い範囲で止めようとする。自分からわざわざ始めた話で、全く制御出来ないが、ここは足掻く必要があった。
「いやいや、本当の事だ。早く転属希望届けを出してくれ。何処でも次の人事異動で、最低でも部長補佐で行かせてやるから。寧ろ資材部と広報部の部長は舌舐めずりして待ってるのは、知ってるだろ?」
「だからそのお二人がいる前でも言いましたけど、僕は冒険者相談窓口から動く気は無いですから、あそこが僕の居場所です!!」
実際にここ数年、ダンジョン管理事務局の会議や研修終わりで、資材部と広報部の部長に向こうから来られ、逃げ出さないようにがっちり周りを囲まれて連行されるように、何度かご飯に連れて行かされている。しかも他にレラや同僚がいない、逃げようがない時を見計らってやってくるから、タチが悪い。
その食事という名のパワハラリクルートまがいの会合の度にエナミは相談窓口を動く気が無い事を伝え、人事異動を固辞していた。
「そうだよ、ダナン君、彼には娘を六十階まで引っ張って、オリハルコンランクにしてもらってから動いてもらわんと。息子達が結婚に納得しない恐れがある」
「そうしたら部長補佐じゃなくて、部長で異動だな。エナミ君喜べ。5年以内なら、ダンジョン管理事務局始まって以来、最速の部長昇進だ!!」
「それは結婚に花を添えるなぁ、婿殿。よしよし、是非とも頑張ってくれたまえ。いや頑張るのは娘か」
「今確か、サーヤ嬢は四十八階だろう?このままなら遅くとも3年位で行けそうじゃないか。やったなエナミ君、公私ともに人生の春だなぁ、私も二人の結婚式のスピーチの準備を楽しみにしてるよ。いやもしかして君が昇進してると、私じゃ格が足りないか。」
「私も君と娘の両親への挨拶を楽しみにしているよ。息子の時はあれだったが、サーヤだと我慢しても泣いてしまうんだろうなぁ」
「婿殿では無いし、どんな結婚式を想像してるんですか!というか誰もここには味方がいない?!」
実際エナミからすれば、サーヤの5年以内での六十階到達は十分に楽なミッションと言えた。それも恐らくこの二人とも分かっているだろうが、変に喜ばしてこちらが困らされる必要はないと、その後は極力ダンマリを決めこむ。
二人の酒の肴として2時間ほど弄られ倒して、時計を確認したコンビは「次は結婚式で」「娘に報告せねば」と勝手に挨拶と会計を済ませて、去っていく。エナミは酔いが醒めたにも関わらず、疲労からカウンターに突っ伏すと、一言呟く。
「何しに来たんだ、あの二人は」
その後、ケビンはこの夜の事をサーヤに自慢気に話し、真っ赤な顔をして怒られ、しばらくの間、食事の席でも挨拶すらしてもらえなかったのは言うまでもない。
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