第三十九話 エナミはゆっくりしたい 2
ようやくラミーにダンジョン調査団としての仕事を報告し終えたエナミは、ダンジョン「海鳴りの丘」の後片付けをしている女性陣三人を待たずに、さっさとイーストケープの街へと繰り出した。
ライアンとラミーは今回のダンジョンブレイクについてアルミナダンジョン国、サイテカ連合国の両国での契約内容についての確認とすり合わせをしており、エナミが独りで出掛けるには十分な状況だった。
この地を自身の知らない、また向こうも自分の事を知らないという異邦の地でエナミは開放感に浸りながら、あっちこっちとフラフラしながら街を練り歩いていた。
サイテカ連合国の中でも温暖な気候で安定しており、「海鳴りの丘」というダンジョンさえ無ければ、国内外問わずリゾート地として知られているライン地方のイーストケープは今回のダンジョンブレイクで観光客が激減していた。
その為イーストケープの商店や屋台の人間は、如何にも観光客っぽいエナミを見ては満面の笑みで誘ってきていた。
「お兄さん、こっちはライン地方名物の…」
「いやいや、お前の所よりウチのヤツの方が……」
「あんた、そんな連中の店よりこっちの方が品揃えが……」
何処をエナミがキョロキョロしてみても、みんなが楽しそうに話しかけてくれるこの状況を鴨がネギを背負ってると言うよりは、こういう気質の街なのだと彼は朗らかな気持ちでノンビリと観光していた。
そんなリラックスして街を練り歩いていたエナミの前に一人のどう考えても7、8歳のスカートの元気な少女が寄ってくる。
「お兄さん、お昼ご飯は何処で食べるの?」
「うん?決めてないけど、君はどっか美味しい所を知ってるかい?」
「うん!!付いてきて!!」
「おっと」
急に現れた少女はエナミの手を掴むと駆け足で何処かへ誘おうとする。そんな少女のしたい様に片手を引かれながら、エナミも小走りになって付いていく。表通りから裏路地に入って、5分近く歩くと少女がある店の前で立ち止まった。
「ここが私のオススメのお店!!」
「そうかい、何が美味しいの?」
「それは勿論入ってからのお楽しみだよ!!さぁ、入って!!」
「はいはい、分かったよ」
看板には「Nemorosum copia」と書いてある、いかにも子供が入るには縁遠そうな食堂というよりはアメリカが独立戦争していた頃の南部の酒場の様な店構えを見ても、エナミはその少女には何の警戒心の欠片も持っていないように笑顔のままで店の扉を開けた。
そして入った店は店構えから期待を裏切る事無く、昼間にも関わらず、テーブルに座る入れ墨や切り傷の跡が見えるイカつい連中の煙草の煙と、照明の薄暗さが目立ち、キッチンやカウンターがあるであろう奥の方までは見渡せなかった。
しかも店に入るまでは間違いなく手を引いていた筈の少女も、いつの間にかその存在が消えていたが、それでもエナミは表面上はニコニコしながら店の奥へと進んでいった。
暫くテーブル席の人間に観察されながら、ようやく店のカウンターまで行くと椅子にだらしなく浅く腰掛けて、目の前でキッチリとしたバーテンダーの格好をして眼光鋭くこちらを見ながらグラスを拭いていた男に声をかける。
「あんたがマスターで良いのかな?ここのオススメは何だい?この店にまで連れてきてくれた8歳くらいの女の子に美味しいランチをやってるって聞いたんだけど」
「あぁ、俺がこの店のマスターだ。8歳くらいの女の子?フン、そんなんがこの店にやってくると思うか?あんた他所から来た観光客だろ?とっとと一杯引っ掛けたら帰んな。今はダンジョンブレイクのせいで、この街の若い冒険者連中は「海鳴りの丘」に入れなくてイライラしてんだ」
「そうかい、ならここのオススメを一杯貰おう。そしたら今日は退散するよ。また俺は明日来れば良いしな」
「あぁ?明日になったら、何か違うっていうのか?」
マスターは不機嫌そうな顔のまま、要領を得ないニヤついた目の前の男の答えに疑問を呈した。そしてこの男がこの店に屯う苛ついた若い冒険者連中のプレッシャーを意に介しておらず、全く萎縮していない事に気付く。
「このライン地方の領主様から「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクが解決したって通達が街中に出るだろうからな。そうしたらここで湿気たツラしてる連中も喜び勇んでダンジョンに駆けつけるだろうさ」
「ああん!!てめえ、誰が湿気たツラしてるって!!」
あまりにも普通の顔で煽るエナミの態度にマスターは最初何を言ってるか分からなかったが、言われた側の若い冒険者達は敏感に反応し、側に座っていた冒険者が怒鳴り声を上げて、椅子から立ち上がりエナミへと近づいてくる。
相変わらずカウンターでだらしなく座ったまま、ニヤついた態度を全く変えずに怒ッたまま近づいてくる男の方を見て、呟く。
「おっとつい本当の事を言っちゃったけど、傷つけたかな?すまないね。よく言われるんだよ、一言多いって」
「てめえ、それが人に謝る態度か!!それにダンジョンブレイクが解決して、明日になれば「海鳴りの丘」に入れるってガセ情報を誰から聞いたんだよ?」
「聞いたわけじゃないよ」
「はぁ?何言ってんだ?」
「俺がそのダンジョンブレイクを解決したんだ。だから、明日から「海鳴りの丘」に入れるって訳さ」
「「「はっ?」」」
若い冒険者一人がエナミに詰め寄るのを眺めていた周囲の人間達も、何故か良く聞こえる彼の声に反応してしまった。
「だから、俺がちゃんと「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクを解決したから、明日からはお前らはこんな場末の店で管巻いてる暇なんて無くなるんだって言ってるんだ。さっさと家に帰って、ダンジョン攻略の準備をしてこいよ。そして俺みたいな観光客に絡むな。マスター、酒を一杯」
さも当たり前の事の様に衝撃の事実を呟くエナミはマスターに一杯酒を頼んだ。
ヘラヘラしていた筈のエナミに一瞬だけ鋭く睨まれ、その威圧感の強さに先程までの詰め寄った勢いを削がれた冒険者は、ただただ黙ってカウンターに酒が置かれるのを眺めていた。
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