第三十八話 エナミはゆっくりしたい 1
「海鳴りの丘」で起きたダンジョンブレイクと自身の放った魔法の後片付けをミヤ達に全振りしたエナミはダンジョン内の安全が確認されると、自分とライアンの二人で地上で待っている地方方面軍やイーストケープの統治関係者達の説明役を買ってでて、役割分担が出来て早々にダンジョン転移装置を使い、「海鳴りの丘」のダンジョンから離れていった。
実際には「海鳴りの丘」の四十三階以降の階層はエナミ達以外は未踏の領域である為、少なくとも四十七階までの四階層は自分達で好きなだけ攻略し放題であったが、エナミはそれには全く興味を示す事無く、淡々と領主館へと引き上げていった。
当然後を任されたミヤとサーヤとレラの三人も興味をあっても、目の前の2000もの巨大なモンスターの収納に忙しく余計な仕事をする暇も気力も無かった。
特に今回の「刹那」というエナミのオリジナル魔法で倒されたモンスター達は、傷一つ無く意識だけを奪われたように見えた為、ミヤの才能で全て死んでいると分かっていてもなお、今にも動き出さないかと注意しながら慎重にミヤの「収納」の手伝いを二人はしていた。
「……エナミさんはこれ程の数を一瞬で殲滅してしまったのね」
「サーヤさん。やっぱりエナミ先輩の力が気になりますか?」
「……私は自分が史上最年少のプラチナランク冒険者として、このまま史上最年少のオリハルコンランクの冒険者になる事を現実的な目標にしています。勿論この目標に最大のサポートを彼はしてくれるでしょうね」
「はい、先輩は最高の冒険者相談窓口だと思います」
「実際に今までメリダダンジョンを五十階まで最速で辿り着いたのは、エナミさんの各ダンジョンフロアの情報やトラップ対策などの提供が非常に有り難かったのは間違いありません」
「そうですね、あのダンジョン情報を全て纏めてきたのは先輩ですしね」
「しかも、私の場合、あまりにも幼くして王立アカデミーもほぼスキップして常識を知らない冒険者としても、「始まりの七家」の娘としても、一公務員が対応するのに非常に危険な存在なのに、わがままを許さず確りと対応してもらいました」
「……それは先輩がおかしいだけですよ」
サーヤがあまりにも自分とエナミとの力量差を嘆いていたくだりな筈なのに、実際は惚気になりそうな流れを、レラは作業の手を止めずにぶった切った。
ちなみにミヤはそんなふざけている二人に構わずに淡々と「収納」の魔法を使い、事切れているが、素材としては最高の状態のモンスター達を仕舞っていく。
今回のダンジョンブレイクで討伐したモンスター素材はアルミナダンジョン国の代表である自分達が、サイテカ連合国に形上は譲渡する。しかし、ダンジョン管理事務局からは討伐数と素材の中身に応じてダンジョン調査団にボーナスが出るのだ。
その為、出来るだけ事切れたモンスター達の状態が良いままで確保する事で、どれだけ自身の副収入として得られるかだけを考えていた。
「これだけ良い状態でこの数のモンスター素材なら久しぶりに美味しいお酒が呑めそうッスね。まぁ、その一点だけはエナミ先輩に感謝感謝ッスね」
お酒の魔力に取り憑かれているミヤはミヤで、恋に恋する二人とは違う妄想の世界に飛んで行くのだった。
そんなダンジョンブレイクが落ち着いた「海鳴りの丘」ダンジョン内での女性達の行いなど、つゆとも知らない王立アカデミーの同期コンビは領主館でラミーと話していた。
「おかえりおかえり、ライアン様とエナミ君。勿論、ダンジョンブレイクは解決したんだよね?まさか途中でモンスターにやられて帰ってきて、もう一日かかるとか冗談は言わないよね?」
「ラミーさん、ご要望通りに無事に解決しました。今はミヤ達が後処理に励んでます。ライアンにもダンジョンブレイクの解決を確認してもらいました」
「ラミー殿、無事に我がライン地方の「海鳴りの丘」は正常な状況を取り戻しました。後は結界の制御がちゃんと出来れば向こう三十年は問題無いかと思います。今回はアルミナダンジョン国に協力いただきありがとうございました」
力強く互いに握手をするライアンとラミーだったが、片や領地が壊滅するプレッシャーから解放された領主と、片や家族の元にお土産を持って、一刻も早く帰れる事が決まった外交課課長とでは全く異なるモチベーションだった。
しかし、この二人が握手をする光景を見た周りの人間達には、アルミナダンジョン国とサイテカ連合国の両国の関係がこれからも上手くいく事を象徴する1シーンとして、記憶に強烈に残るのだった。
両者の心情も、両国の立場も当然理解しているエナミとしては、そんな国際問題が発生しそうになっていた事よりも「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクを予定通りに早々に解決して、これから2ヶ月以上残したバカンスをどう過ごすかだけを考えていた。
「……これでやっとのんびり出来る。このライン地方なら海でも山でも遊べるし、食べ物も美味いし、文句無いバカンスになりそうだな」
その呟いた独り言が当然フラグとして回収される事は、この時非常に浮かれていたエナミは知る由もなかった。
前回からの説明が長くなり、バカンスに入れませんでした。次回からエナミなりのバカンスの筈です。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。