第三十七話 ダンジョンでは笑えない 6
悠然と2000ものプラチナランクのモンスターがいると分かっている四十七階のフロアに降りていこうとするエナミを誰も止められなかった。
彼は一歩一歩リズム良く、鼻歌を歌いながら「海鳴りの丘」の未踏の地をまるでそこら辺の商店が立ち並ぶ大通りの道を歩くように進んでいった。
そこにはこれから彼がモンスター達に起こす事への明確な理解と、準備が十分にされている事がよく分かる揺るぎない自信が見えていた。
いよいよエナミが四十六階から続く最後の階段を降り、四十七階の地に立つと、それまでとは全く違う濃密な血と暴力の匂いがそこはかとなく漂ってきた。
「いやぁ、嬉しいね〜。この濃密な破壊の気配。やっぱりダンジョンブレイクはこうでなくっちゃあ。この血の匂いを嗅ぐとやっぱりダンジョンブレイクが起きてたって分かるよな、ミヤ?」
「そんなんで判断するのは先輩くらいッス」
「連れないなぁ。まぁ、お前が才能「マップ作成」で判断しているのは分かってるけど、情緒が無いよな」
「ダンジョンブレイクには元々情緒なんて無いッス。なんて話してたら、先輩、団体さんがやってくるッス」
「あぁ、大物達がやってくるのはダンジョン全体震動で分かってるからな。んじゃ、ライアン、そこに結界張るからちゃんと見ててくれよな?ミヤもちょっと下がって…ってお前もうライアンの所にいるのか」
「頑張って下さいッス、エナミ先輩」
「……お前は昔からそういう奴だよ。まぁ、頑張るけどな!!」
エナミはミヤの変わり身の速さに苦笑いしながらも、片手をダンジョンの震動が増している先に向けて掲げる。
それまでモンスター殲滅で使っていた他の人間達には言葉として認識出来ない古代魔法とは違うようで、発動までの時間もかかっていたが、あまりにも強力である為か、空間に歪な亀裂が出来ていた。それを見たサーヤが呟く。
「……あれは空間魔法?いや、もしかして」
「サーヤさんはエナミ先輩か使おうとしてるあの魔法に心当たりがあるんですか?」
「いえ、あれは「始まりの七家」の伝承でしか知らされていない魔法よ。そんな訳ある筈無いわ」
「そうッス。あれはサーヤさんが考えてるのとはちょっと違うッス。あの魔法は先輩オリジナルの魔法ッス」
「えっ、オリジナル魔法?才能が魔法特化でも無いのにどうやって作ったの?」
余談だが、この世界では魔法は2つのやり方でしか手に入らない。一つは魔法についての才能が元々ある場合。この場合は特に労力を要する事無く、何らかの魔法を手に入れ、その後、威力の調整などに努力を要するだけだ。
もう一つは以前発見された魔法をその魔法が使える者に協力してもらって、ダンジョン研究所が解析し、それを王立アカデミーや国営冒険者アカデミーなどで身に付けられる様に出来るシステムが確立されており、一律で同じ魔法が使える様になっていた。
勿論こちらのアカデミー等で手に入る魔法は威力が一律であった為、安全性や確実性のの担保はあるものの、魔法の才能がある者には及ばないという評価だった。
それ故、魔法の才能があると研究所で判定されていないエナミが、こうしてオリジナル魔法を使うのは、普通に考えてあり得ないと言わざるを得なかった。しかしミヤはエナミの事が分かっている為、解説を続ける。
「先輩は私が王立アカデミーで初めてあった時でさえ、頭が可怪しくなる位には2つの魔法の同時発動のトレーニングをしてたッス」
「そう言えば、この間も魔法の同時発動してたわ……」
「サーヤ様は見たッスね?あれをエナミ先輩はいとも簡単にやってるッスけど、他にやれる人を見た事、自分は無いッス。オリハルコンランクの冒険者でも、どうやっても発動にタイムラグがあるッス」
「それで?ミヤ、勿体ぶらずにあの魔法の解説をしなよ。俺は見た事あるけど、詳しくはお前の方がよく分かるからな」
「急かさないで欲しいッス」
ライアンが笑いながら説明が細部に必要以上に拘ってしまうミヤを嗜めるが、彼女は我関せずでライアンの注意をサラッと流して話を続ける。
「今やってるのは時間魔法と空間魔法の同時発動ッス、そのオリジナル魔法の名は……」
「「刹那」」
エナミがそう言い放つと、フロアの震動が収まる。暫くしても一向に無音のままで、先程まであった濃厚な血と暴力の匂いは無くなり、代わりにモンスターの死の香りが漂う。
「終わったな。久々に見たけど、あれは相変わらず反則だな」
「自分の「マップ作成」にもアクティブなモンスターは引っかからないッスね。これで今回の「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクは解決したものとアルミナダンジョン国は判断するッス。後は書類作成と経過の確認ッスね。エナミ先輩?片付けはどうするッスか?自分がしまえば良いッスか?」
「あぁ、そっちは頼んだ。必要なら呼んでくれ」
「分かったッス。でも私の「収納」の容量だったら、今回分なら余裕ッス」
「相変わらず化け物だな。そうだ、ライアン、ダンジョンブレイク解決は楽しかったけど、アカデミー時代みたくはしゃぎ過ぎて少し疲れたよ。後はミヤに任せて俺はバカンスに移ろうと思う」
「助かったよ、エナミ。お前を呼んで本当に良かった」
エナミは四人の避難用に張っていた結界を解除し、嬉しそうに近づいてくるライアンと握手をする。その横を駆け抜けてミヤはダンジョンの奥へと向かう。
暫くの間、サーヤとレラは途方に暮れた顔でこの一連の現象を現実感無く、ただ見守り続けていただけだった。
次回からバカンス?
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。