第三十五話 ダンジョンでは笑えない 4
ダンジョンブレイク中の「海鳴りの丘」を三十階まで簡単に攻略してしまったエナミ達をライン地方の領主館で出迎えたラミーは、さも当たり前の事のように何の興味も示さずに帰りのお土産の事ばかり話していた。
「えっえっ?たったの三十階?エナミ君、もう少し君達なら行けそうだけど、行かなかったのかい?僕はてっきり今日で終わらせるののかなって考えていたから、もう帰りの準備を始めてるんだけど。少し荷解きしなきゃ駄目だね。ところでライアン様、このイーストケープは何がお土産に良いですかね?」
「……ラミー殿は全く心配されてなかったのですか?」
「そんなの、そんなの当たり前じゃないですか!!だって僕の「危険予知」が全く反応しないんですよ?何で僕がその状況で彼らダンジョン調査団やライアン様を心配するんですか?僕からしたら前にこのイーストケープに来た時に彼らを連れてくる約束をした時に仕事の大半は終えてたつもりですけど……。そんな事よりライアン様、妻と子供に良いお土産を教えてから、明日は「海鳴りの丘」に行って下さいね」
「あぁ、こちらで案内させよう」
全く会話の噛み合わないラミーと領主の会話を、当たり前の様に気にする素振りも見せずに、エナミとミヤは明日のダンジョン攻略に向けての話を進めていた。
「それじゃあ、やっぱり「海鳴りの丘」の四十七階までは行かないとダンジョンブレイク解決には駄目な感じか?」
「うーん、転移した後の帰りも少しダンジョンの中で見てたッスけど、あれだけの数のモンスターをエナミ先輩がやっつけてもあのダンジョンの活性化が終わってなかったッスからね。行くしかないんじゃないッスか?」
「そっか、やるしかないかぁ。……でもせっかく四十七階まで行ったら、一番奥の五十階まで行きたくなるよな?」
「そりゃあ、そうですけど駄目ッス。そこはアルミナダンジョン国とサイテカ連合国の取り決めでダンジョンブレイク解決までのみ許可と決まってるッス。それに」
「それに?」
「「海鳴りの丘」のダンジョン攻略をしてしまったら、ライン地方の一大産業を潰す事になるッス。めちゃめちゃライアン先輩に恨まれるッス。そうしたいッスか?」
ここに至るまでに当たり前に考えられる事をミヤから指摘されて、テンションを落としていたとは言え、まだまだボンヤリしていたエナミは珍しく少し詰まる。
「……それは嫌だな」
「エナミ先輩はアルミナダンジョン国から出て、バカンス気分が酷いから気にしてないッスけど、今回の先輩の一連の動きはまぁまぁ危険な感じで振る舞っているッス。普段ならもっと色々気にして動いているはずッス」
「ミヤ……お前、ちょっと怒ってない?」
「ちょっとじゃないッス。だいぶ怒ってるッス」
ダンジョン内では抜群のコンビを見せていた二人だが、それはあくまでもダンジョン内の事で、過去の王立アカデミーでの傍若無人なエナミとのやり取りもあり、本来はあまり相性が良い訳では無い。
ここにライアンやマリーが入って、グループとしてのバランスを取っていただけで、二人だけの場面では、自身の事は棚に上げてなるべくミヤは恐るべきダンジョン馬鹿であるエナミに近づきたいとは思っていなかった。
「……それなら仕方ないか、明日はさっさと四十七階でモンスターどもをやっつけて、結界の確認して、バカンスと洒落込むか」
「そうッス。何も余計な事をしないで、淡々と与えられた役割をキッチリとこなす。それが一番良いことッス。私も少しの休暇の為にここまで頑張ってやってきたッスから」
同じダンジョン狂いでも全く性格の異なる二人だったが、ダンジョンだけが楽しみだったエナミと、普通に仕事のせいで時間が無いだけのミヤではこのダンジョンブレイクへの対応にモチベーションが違った。
あくまでも五大ダンジョン攻略を至上の喜びと考えるミヤはさっさとこの五十階程度のダンジョンブレイクを解決して、次なる五大ダンジョンの八十階以降の深層攻略をするオリハルコン冒険者達との血湧き肉躍る活動への英気を養う為に、この昔からの知り合いがいるリゾート地で少しの休暇を取ろうとやってきたのだ。
それをダンジョンなら何でも他所でも問題になっても攻略しないと気が済まない狂人に邪魔される訳にはいかないと、固く決意してエナミの方向性を自分の側へと引き込んだ。
エナミはミヤとの話で少し冷静になってアルミナダンジョン国から出てからの行いを振り返り、流石にバカンスだからと浮かれ過ぎてたと気を取り直して、明日のダンジョン攻略の為に早々に食事を終え、自分の客室へと帰っていった。
真面目に明日まででダンジョンブレイクを解決しようとしている二人の邪魔にはならないようにと、ライアンは領主として非常に丁重なもてなしを周りにも周知徹底させ、翌朝は体調万全の5人で(当然ダンジョン調査団の最後の一人はラミーでは無く、ライアンだが)再び「海鳴りの丘」を攻略し始めた。
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