第三十四話 ダンジョンでは笑えない 3
十二階を攻略してから更にもう8時間程経過した後、あっさりとエナミは三十階のフロアボスを含んだ、先程よりも遥かに強く、800ものスタンピードと呼んでいい量のモンスターの集団を先程同様の周りには分からない文言の魔法一発のやり方で消し去ってしまった。
「春雷」と呼ばれるサーヤ・ブルックスの「神々の怒り」の魔法ですら、同じ様な結果は出せるだろうが、もう少し発動するまでのモーションもあれば、本人の負担も多く、周囲への被害も起きてしまう。
だからこそ、エナミにあの謎の魔法について質問したい気持ちはどんどんサーヤの中で強くなるが、訊いた所で適当にあしらわれる事も分かっている為、この現象の観察を第一に考えていた。
ちなみにエナミとしてはこの程度の魔法については一切隠しているつもりはないが、相手が変に深読みして訊いてこない以上、積極的にこちらから伝える気も起きなかった。
そして三十階のフロア攻略後、これ以上進むと疲労も出て、ダンジョンの攻略が逆に遅くなるリスクがあるからと、ダンジョン管理事務局から持ってきた、最新のダンジョン研究所の成果である転移装置を使い、フロアボスの居たフロアでさっさと装置の起動と展開をさせて、一瞬にして5人共「海鳴りの丘」のダンジョン入り口に転移し、地上に戻っていった。
あまりにも、サーヤとレラの想像と違っていたミヤとエナミの「海鳴りの丘」攻略だったが、ダンジョン攻略とダンジョンブレイクへの対応に関してはこれ以上適格な人達はいないだろうと思わさせられていた。
普段、ダンジョン攻略課の冒険者相談窓口にいる内勤のエナミと、「ダンジョンマスター」と呼ばれてダンジョン調査部の最前線でダンジョンの深淵に触れ続けているミヤでは、彼らの王立アカデミーの頃の付き合いを知らない二人からすれば、随分とバランスの悪い歪な構成では無いかと「海鳴りの丘」に入った直後は思っていた。
しかし、こうしてダンジョンブレイクが起きているダンジョンの三十階までの圧倒的かつ一方的な攻略を二人のコンビネーションで見せつけられると、それが如何に間違った解釈だったかが分からしめさせられた。
「……あの二人がいるだけでこんなにもダンジョン攻略って簡単なのね。しかもダンジョンブレイクが起きているだけあって、モンスターの数も質も相当に酷いものだったはずなのに……。普段一人で苦労してダンジョン攻略していた自分が馬鹿みたいだわ」
「私としては普段ダンジョン攻略課ではまるでやる気の無い姿しか見せていないエナミ先輩が、あんなにいきいきしてダンジョンブレイク中とは言え、圧倒的な数のモンスターを駆逐していくのが新鮮ですね……」
「…レラさん、貴方って本当にポジティブな人ね。まぁ、あのエナミさんが使っていた謎の魔法の本当の価値は、普段ダンジョンに潜っていない貴方には分からないでしょうけど」
「ん、サーヤ様、私を馬鹿にしてます?」
「いいえ、本心よ」
サーヤとレラはお互いに恋のライバルと認めている二人だったが、今回はそれ以上に目の前であまりにも衝撃的な光景を一日見せられてシンパシーを感じていた。それほどあの王立アカデミーの先輩後輩コンビの二人の楽しそうにダンジョンを攻略していく姿が目に焼きついた。
「私が史上最年少の五大ダンジョンの五十階到達者だって言って喜んでたのが馬鹿みたいですわ……」
「そんな事はありませんよ」
「貴方に何が分かりまして?」
サーヤからしてみれば、少なからず自身が成し遂げてきた功績が目の前で崩れていってしまいそうな感覚に襲われて、つい必要のない愚痴をこぼしてしまう。レラもいつものダンジョン管理事務局の職員としての立場とは違い、心から彼女に答える。
「だってエナミ先輩はサーヤ様の事をいつも褒めてましたから。あれだけ若い内に覚悟を決めて、しかも本気でダンジョンの最奥を目指す姿勢に感心してましたよ。だからこそ、サーヤ様が最速でメリダダンジョンの攻略を進めるように先輩も万全の準備をしてたんだと思います。その二人の努力の結果がサーヤ様の史上最年少の五十階到達者なんではないでしょうか?」
「……貴方に慰められるとは思いませんでしたわ」
「慰めではありませんよ。事実としてサーヤ様はエナミ先輩と一緒に、最速でメリダダンジョンの五十階を攻略したんですから」
「……レラさん、私の事をサーヤ「様」では無く、サーヤ「さん」と呼んで下さらない?貴方と話してるとその持ち上げ方が気になりますわ」
「分かりました。サーヤ「さん」」
二人が何故か友情を育んでいた先では、エナミが普段では全くしない筈の戦闘に少なからず上がっていたテンションを落として、横にいたライアンとミヤに絡む。
「三十階迄はモンスターの溜まってるのは何とか削ったけど、この後も多そうだな」
「うーん、次は四十七階ッスね。そこで大体終わりッス」
「……ウチの「海鳴りの丘」のダンジョン、まだ四十二階までしか攻略出来てないんだけど」
「大丈夫だろ?ダンジョン攻略の成果はお前が管理すれば良いだけだし、何かあったとしても他に漏らすなよ?」
「……お前は本当に気楽だな。ダンジョン攻略の自信があるのはよく分かるけど。それにしても相変わらず理不尽な魔法だったな。さっきの殲滅してた魔法、王立アカデミーで必死に練習してたやつだよな?」
「そうそう、「瞬動」を使おうと必死に練習してた頃、何でか別の教官がこんな古代魔法があるって実技研修でみんなに教えてくれたやつ。古代文字だからか、みんなの耳だとよく聞こえないんだよな」
「いやいや、先輩。昔から疑問だったけど、聞こえないものをどうやって使えるようになったんスか?」
「えっ?俺には何となく何言ってるか聞き取れて分かったから。でもこの魔法教えてくれた教官も俺が2ヶ月くらいで修練場で初めて使った時に何でか落ち込んでいたな〜」
「……そういう所だと思うぞ」
ライアンとミヤは二人とも王立アカデミー時代のエナミの理不尽なおかしさを改めて思い出しながら、同時にため息をついた。
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