第三十三話 ダンジョンでは笑えない 2
「海鳴りの丘」のダンジョン入り口で、自分の所の地方方面軍の軍人達と揉めた領主をあっさりと置いていこうとしたエナミだったが、ライアンが良い笑顔で早々にやってきてしまった為、結局入り口で警備していた地方方面軍の現場の一番の偉いさんに頭を何度も下げて「必ず安全に帰しますから」という約束をさせられた。
確実に領主館に居たムスカリよりも階級が幾つも下の人間に、普通に頭を下げてしまえるエナミの独特な感性にみんながニヤニヤしていたが、当の本人は何も気にしておらず、寧ろ「海鳴りの丘」にさっさと入らなきゃとダンジョンブレイク対策の事しか頭に無かった。
「それでライアン、最終確認するけど、今回はウチのやり方でやって良いんだよな?」
「ウチのやり方?アルミナダンジョン国のやり方って事か?」
「違う、違う。俺等ダンジョン管理事務局のやり方」
「エナミ先輩そこも違うッス。私と先輩オリジナルのダンジョン攻略法ッス。このやり方は二人いないと出来ないッスから」
ミヤのエナミへの突っ込みにその場が一瞬沈黙に包まれる。ライアン・ヒューイットは目の前の王立アカデミーの同窓達に、明確な疑いの眼差しを向ける。
「お前らオリジナル?しかも二人居ないと出来ないって、何だ?その明らかに不穏な響きしかないやり方は」
「ミヤ、お前は余計な事言うなよ。ライアンは王立アカデミー在籍の頃から非常に寛大な人間だからな。ある程度のやらかしには目を瞑ってくれる筈なんだからな」
「それはライアン先輩がエナミ先輩のやらかしを渋々受け入れていただけッス」
「煩いなぁ、お前は昔から本当に。なぁ、早く先に行こうぜ、ライアン良いよな?」
「あぁ、エナミ分かってるって。ダンジョンに関わる出来事でお前を止めるのは無理なのは、アルミナダンジョン国の留学時代に痛感したからな。好きにしたら良い」
「流石、領主様。お任せあれ。んじゃ、ミヤ早速宜しく」
「はぁ〜、何歳になっても王立アカデミーの頃からの本当に雑な扱いが変わらないッス」
元気に返事するエナミに対して、全くやる気の見えないミヤだが、ダンジョンの入り口から暫く進んだ先で、その両眼が青く輝く。
ミヤ・ブラウンの二つ名「ダンジョンマスター」と呼ばれる元となる、才能「マップ作成」の発動はいきなり起こる。この才能は彼女の意識とは関係無く侵入したダンジョンそのものを把握した時点でパッシブに発動してしまう。
「流石「ダンジョンマスター」他所の国のダンジョンでも速いな。これってもしかしたらアルミナダンジョン国の機密事項だな。ライアン、黙っとけよ。それでミヤ、どんな塩梅だ?」
「う〜ん、ダンジョンの構造としてはこのダンジョンは簡単ッスね。罠も殆ど無いッス」
「ライアン、この「海鳴りの丘」って何階層まで分かってるんだ?」
「現状だと四十ニ階迄だな」
「なら半分くらいはもうダンジョンの構造把握は済んでるッスね。モンスター分布も……うん。エナミ先輩、近くだと十二階にちょっと団体さんがいるくらいッスね」
「オーケー、流石ミヤだな。んじゃ、サーヤ様とレラが前衛でそこまでは宜しく。ミヤもナビで真ん中な。俺はライアンの護衛に回るから」
「「分かりました(わ)」」
アルミナダンジョン国の五大ダンジョンでは基本一人での攻略がダンジョンの謎の構造で求められる為、こうしてパーティーでの攻略は珍しいが、王立アカデミーや国営冒険者アカデミーでは頻繁に実戦研修で、修練場でもトレーニングさせられる。
何故ならこのトレーニングは五大ダンジョンでは意味が無いが、各地で起こる戦争やダンジョンブレイクに対応する為に必須の能力である為、ゴールドランク以上の冒険者を目指す者や、特に他所の国からの留学生達には実戦研修でも最重要の内容だった。
そうして最低でもアルミナダンジョン国の冒険者ランクで言えば、ゴールドランク以上の実力者しか居ないパーティーは小さな罠を気にする必要も無く、最短で攻略出来るナビゲーターの言葉を信じ、目の前にそれでもくる不幸なそこら辺にいるモンスターを狩り、快適に5時間程度で十二階迄、攻略していく。
因みに普段この「海鳴りの丘」を攻略している冒険者ではここまで来るのに最低でも2日はかかる行程である事を考えると、いかに彼らが飛び抜けている存在かが分かるが、そんな事は全く知らずに興味の無い五人はこれから来るモンスターの団体さんに注意するだけだった。
「ミヤ、それでもうダンジョン全体の把握は終わったんだよな?」
「はいッス。取り敢えずは「海鳴りの丘」は五十階のダンジョンフロアを持つダンジョンで、初めにも言いましたけど、特にクセのないプラチナランクが居れば十分攻略可能なダンジョンッス」
「分かった。それでこの階の団体さんの構成は?」
「基本的にはオークキングがトップで、それにゴブリンやグレーウルフが付いてる感じみたいッスね。規模は300程度ってところッス」
「よし、手間だから俺が前に出る。サーヤ様、レラ、少しスイッチしましょう。ライアンをお願いします」
「「はい」」
普段なら文句の一つでも言いそうなサーヤもあくまでもダンジョン調査団の一員として振る舞う。この辺りは普段のエナミへの信頼と、このダンジョンブレイクの攻略がいかにサイテカ連合国に大事なものか十分に理解がある為、自然と素直に対応していた。
パーティーの前衛に出たエナミはミヤのナビゲートを確認しながら、300以上のモンスターが居座る巨大なフロアの入り口に一人突出した形で佇む。
普通ならモンスター達も気づく筈だが、認識阻害のマントを身に纏ったエナミは気付かれる事無く、一つの魔法の準備をしていた。
「今日は急いでるから、特別サービスだ。受け取れ「 」」
魔法による巨大な干渉があった為に起こる一瞬の静寂の後に、巨大なダンジョンフロアそのものは全く傷つける事無く、ただそこにいた筈のモンスターは一滴の血すら痕跡を残す事無く、消えて無くなっていた。
「良し、さっさと進むぞ。ライアン、これはサービスだからな。ミヤ、次の団体さんは何階だ?」
「三十階ッス」
「フロアボスが居そうだな。まぁ、良い。サクサク行こう。明日中にダンジョンブレイクの大元までは行きたいしな」
本気でそう呟くエナミは周りが引いている事には全く気にせず、前だけを見ていた。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。