第三十二話 ダンジョンでは笑えない 1
ムスカリ達地方方面軍の説得と言う名の、エナミの一方的なただの暴力の行使により、合同演習はあっさりと終わりを迎えた。始まる前は意気軒昂に彼に挑発的な態度を取っていた若い軍人達も分かりやすい武力の差に、頭を垂れざるをえなく意気消沈していた。
「ライアン、お前はこれで良かったのか?俺はこれで「海鳴りの丘」で動きやすくなったから良いけど、ライン地方の領主の立場から考えたら、もう少し良い落とし所があったんじゃないか?」
「いやいや、ラミーさんから君の名前を聞いた時からこうなるんじゃないかと思っていたよ。だから最初から想定していた通りの結果と言えよう。それに君等が動きやすい方がダンジョンブレイクは早く解決するだろう?」
「まぁ、お前の考えでここまで呼ばれて、こうして合同演習までやったんだから後は好きにさせてもらうよ」
「任せるよ、エナミ。君等の実力を存分に見せてくれ」
高台から態々降りてきて、片手を上げてハイタッチを求めるライアンに苦笑いしながらバチンッと強めに応えたエナミは、そのまま他のメンバー達の元へ向かい、話しかける。
「ラミーさん、これで領主とその部下達の許可が取れましたから、今晩一晩休んだらさっさと「海鳴りの丘」に向かいましょう」
「さすが、さすがだよ、エナミ君。休み中の君がこんなにも簡単に、時間もあっという間で僕らを動き易くしてくれるなんてダンジョン管理事務局の職員の鏡だね。バカンスで中央大陸の東の果てまで来ても、アルミナダンジョン国のメリットしか作らないなんて、国民のあるべき姿として今後長年に渡って語り継がれそうだよね。いやこの僕が物語として創作して方方の吟遊詩人にその話を歌い継がせよう!!」
「本当に止めてくださいね」
エナミは苦笑いしながらラミーに答えると3人の女性達はそれぞれ別の表情を持って彼を出迎えた。それぞれ、羨望、納得、驚嘆と分かりやすく違った感情を持っていたが、返事は大きく変わらなかった。
「「「凄かった(ッス) 」」」
「今回はライアンがお膳立てしてくれたからね。こんな荒事、アルミナダンジョン国じゃ表立って出来ないよ。元々冒険者相談窓口は武力により冒険者を制圧する事なんて想定していないんだから。それにこんな力が有っても相談窓口の職員としては意味が無いしね。仕事は冒険者をより高みに導く事なんだから。まぁ、明日からの「海鳴りの丘」に向けて確りと休ませてもらうよ」
軽く肩を竦めて笑うエナミはそのまま領主であるライアンに導かれて、領主館へと消えていった。サーヤはその後ろ姿に思わずため息をつく。
「長年相談窓口として担当してもらっていたけど、あんなにもエナミさんが強かったなんて、本当に知らなかったわ。しかもまだまだ余裕がありそうだったし……これ以上に私の知らない一面がありそうね」
「エナミ先輩はこんな物では無いですよ?当然、サーヤさんが知らない一面を私は知ってますけどね」
「はいはい、そういう無駄なマウントの取り合いみたいなやり取りは他所でやって欲しいッス。そんな事より明日の「海鳴りの丘」のダンジョンブレイク調査に向けて、自分らは準備する必要があるッス」
当たり前にお互いのエナミに対しての関係上、些細な事で揉めようとするサーヤとレラに、軽く手を叩きながら話を進めるミヤは元の天幕へと二人を誘った。
「あれあれあれ?何で僕だけ置いてけぼりなのかな?もうアルミナダンジョン国に帰っても良いのかな?僕が一応ダンジョン調査団のトップって話だったと思うんだけど、誰もそう思ってないよね?まぁ良いけど、今回の僕の仕事はここまでで終わったんだろうしね。後はみんなが活躍して僕がお土産買って帰ればこの仕事は終わりだね」
ラミーは、周りを気にする事無くマイペースで領主館へと入っていった。その後の食事の場面でも彼はダンジョン調査団のトップとしてよりも寧ろ観光客の様な振る舞いで、アルミナダンジョン国と繋がりを持とうとするサイテカ連合国のライン地方詰めの人間達を困惑させた。
そんな一部で混沌とした夜を過ごしたライン地方領主館での翌朝早く、混乱を作ったラミー以外の四人はダンジョン調査に準備万端の姿で、屋敷から出ていこうとしていた。しかし、一人の人間の説得にエナミは苦労していた。
「ライアン、本当にこの調査に付いて来るのか?お前はライン地方の領主の立ち場とか考えないのか?」
「いや、最大限考えて同行するのがベストと考えたのさ。寧ろ自分の立場を考えたら、このダンジョンブレイク調査に付いて行かない手はないだろ?安全が一番担保されている場所にいられるんだぜ」
「なんとまぁ、軽い神輿だこと。ライン地方の領民達が可愛そうでならないね」
「フフ、私は非常にこのライン地方の税も低くしてるし、みんなに好かれるように彼らの望む公共事業による港の開発もしてきたんだ。この位じゃあ、私の株なんて落ちやしないよ」
「分かった、分かった。ならすぐに向かうとしようか?」
結局ラミーとライアンの入れ違いで総勢5人になったダンジョン調査団は馬車に揺られて3時間ほどで、イーストケープの岬にある「海鳴りの丘」に辿り着いた。
普段なら、入り口に一人軍人を配置しているだけのダンジョンは、物々しい雰囲気で一個小隊が見張っていた。その前に領主が突如として現れた為、場の緊張感は嫌が応にも増していく。
「良い良い、今日はこの者達のお付きだ。彼らを歓迎して、さっさと入れてくれ」
「しかし閣下、安全が全く担保されておりませんが……」
「しかしもへったくれもあるか!!エナミの側が一番安全だ!!」
「……何て領主だよ、俺は早くこの馬鹿騒ぎを終わらせて、バカンスに行きたい」
ダンジョンブレイクへの危機感が非常に乏しい小隊長とライアンのやり取りを見て、エナミはため息とともに呟いていた。
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