第三十一話 エナミは空気を読まない 6
ライン地方方面軍の精鋭500人の軍勢と言えど、たった一人に対して取り囲んで同時に行動できる人数は限られている。ましてやスキルや能力有りでは何が飛んでくるか分からず躊躇してしまう事が当たり前だった。
しかしムスカリが統率するこの軍団は、その練度への自信も相まって、何の躊躇も恐怖も見せる事無く、四人同時にニヤリと嗤い無防備なエナミに襲いかかった。
当然、エナミに何らかの抵抗があるものと襲いかかる準備をした次の一陣は、一挙手一投足、何一つとして見逃さないように注視していた。
筈だった。
四人同時に襲いかかった筈の完全装備の歩兵達が四人同時に崩れ落ち、エナミが涼しげに佇んでいる姿が瞬きする間もなく目の前に見えると、突撃に準備万端に待ち構えていた次の一陣も、流石に一瞬怯んだ様に周りが感じた。当然ムスカリも即座に檄を飛ばす。
「狼狽えるな、愚直に潰せ!!」
「応!!」
「大正解、そうこなくっちゃね」
対応を変えずに四人同時に襲い掛かる地方方面軍は足元にうず高く積み上げられていく同僚達に脇目も振らず、愚直に突撃を繰り返す。普通なら疲弊して当然のエナミは二十回に及ぶ四方からの突撃を過ぎても、余裕のある顔をしたまま、対応を変えない。
その異様な光景を総合演習場を見下ろす高台から見ているライアンは、側で一緒にこの合同演習を観戦しているアルミナダンジョン国の面々と言葉を交わしていく。
「……ミヤ、あれ「瞬動」だよな?俺にはもう全く見えないけど、エナミの奴、王立アカデミーの時より速くなってないか?学生の頃ならまだ俺も何とか見えた気がしたんだけどな……」
「当然ッス。あれはエナミ先輩が王立アカデミーから一番鍛えてたスキルッスから。ダンジョン管理事務局に入局してから、冒険者相談窓口でもサボらず鍛えてたのは見ての通りッス」
「あいつ、王立アカデミー卒業した頃でもプラチナランク冒険者相当の能力って研究所での測定結果だったよな?今だったら……」
「エナミ先輩はダンジョン管理事務局内では恐らく「異端なる者」と同じ位って言われてるッス」
「ヤバいな。そう考えたら、ウチの連中も良くやってるよな」
王立アカデミーの先輩後輩の不穏な会話を聞き流しながら、他の3人も目の前の惨劇を静かに眺めていた。特にサーヤはエナミが戦う姿を見た事がなかった為、興味津津で見ていた。
「やっぱり、エナミさん強かったんですね」
「そうですね。先輩は中々戦う姿を見せないですけど、ダンジョン管理事務局の実戦研修でもこれくらいは当たり前にやれますね。だからって偉ぶらないから、余計な妬みを買う事が多いですけど……」
「ほんとほんと、めちゃめちゃ強いよね、エナミ君って。僕が保安部にいた頃から、ダンジョン調査部とのダンジョン合同調査で一緒になった事があって、当時から本当に化け物クラスに強かったけど、今はもう次元が違う感じだよね。サーヤちゃんもあれ見ると憧れる?」
ラミーのニコニコしながらの煽りに、サーヤは少し考えこむ。自身が史上最年少でのプラチナランク冒険者としてアルミナダンジョン国では知られているが、ミヤとライアンの先程の会話を聞けば、エナミの方が若い段階でその位置にいた事は分からさせられた。
確かにあの「瞬動」というスキルがあるなら、常に戦場でも、ダンジョン内でも先手が取れる様になるのは分かるが、自身のスキル「神々の怒り」の制御を考えれば、そんなに簡単な事では無いのも理解できた。その為、言葉を選びながらラミーの問いに答える。
「うーん、憧れはしませんわ。ただあのスキルを自身のものにするための努力には感心しますけど……、私としては寧ろあれだけ戦える事を隠してる理由が気になりますわ」
「私が前に訊いた時、単純に戦うのは面倒くさいって言ってましたけど、こうやって楽しそうに戦うのを見てるとそれだけじゃないと思うんですよね」
「そうだねそうだね〜、もうこの戦いも終わらせようと思ってたらいつでも簡単に終わらせられるもんね。それを態々四人ずつ倒すって煽ってるのか、絶望を与えてるのか分からもんね、って言ってる間にいよいよ終わらせるのかな?」
高台でそれぞれが分析してる間にエナミの周りを囲んでいた地方方面軍が残り3割近くになっていた。指揮を取っていたムスカリは軍を下がらせ、自身とエナミの一対一の構図を作る。
「これだけの兵を全く疲労を見せずに、しかも意識だけを刈り取るとは……。ラミー殿の忠告は正解だった様だな」
「いやいや、いい運動になりましたよ、ムスカリ殿。これだけの練度ならもう少し個々人の能力を上げたら、ライン地方方面軍は何処とも戦える優秀な兵になりますよ」
「……それはアルミナダンジョン国相手でもか?」
「それは残念ながら、別ですね」
お互いにニヤリと笑い、戦闘の間合いに入る。一瞬の静寂の後にすれ違った二人は万全の装備をしていた片方が崩れ落ちた。崩れ落ちた相手を頭を打たないようにすぐに抱き止め、エナミは「治癒」の魔法をムスカリにかけて呟く。
「これでダンジョン調査団が「海鳴りの丘」に単独で入っても構いませんかな、ムスカリ殿?」
「約束ですからな、構いません。ところで」
「ん、何でしょうか?」
「貴殿の名前をまだ訊いてませんでしたな。教えていただいても?」
「あぁ、名乗り遅れて申し訳ありません。私はエナミ・ストーリー、ダンジョン管理事務局では「末成りの物語」って裏では呼ばれてます」
「貴殿があの……申し訳ありませんでした。ダンジョンブレイクの解決を宜しくお願いします」
ムスカリはスッキリとした顔でエナミに頭を下げた。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。