第三十話 エナミは空気を読まない 5
気付いたら第三章も三十話です。いつ終わるかまだ作者も分かりません。
エナミが先に天幕から外に出て、ムスカリ達に何処で手合わせをやるのか確認する為に一人で身体を動かしながら出てくるのを待っていた。
そこに先程他の天幕に入っていった軍服姿の若い連中が、こちらも偶々出てきて、エナミが一人でポツンと身体を動かしてるのを発見してすぐに近寄り、再び絡んできた。
「おいお前、やっぱりライアン様とは関係無いんじゃねぇか?さっきは偶々、領主様が側に居たのを良い事に勝手な事言ってただけだろう?」
「あぁ、お前がそう思いたかったら、それで良いけどな。そんな事よりこの後お前らみんな大変だぞ?」
「あん、何がだよ?」
「お前らみんな俺にズタボロにやられるんだからな」
「てめえ、何言ってやがんだ!!もう我慢出来ねぇ!!おい、お前らみんなで囲め!!」
「貴様ら!!何をしている!!」
若い軍服の連中がエナミを取り囲むのを既の所で、出てきたムスカリが止める。ムスカリ側から見たら非常に不愉快な存在だが、あくまでもエナミはアルミナダンジョン国から来た来賓であり、彼らの様なサイテカ連合国の軍人が暴行を一方的に行っては、後でアルミナダンジョン国からどんな目にサイテカ連合国が遭うか分かったものでは無かったからだ。
「貴様ら、それだけ体力と気力が余ってるなら、この後の合同演習で力を見せろ!!そちらのお方がお前達と一緒に演習に参加して下さるそうだからな!!」
「ハッ!!」
「今回は機会があって、俺がここの地方方面軍の皆に胸を貸してやるって話になったから楽しくやろうぜ。バカンスにはイベントが大事だからな」
「……お前、これが演習だからってここまでやってただで帰れると思うなよ?」
マッチョな若い軍服の歯軋りが聞こえんばかりに噛み締めた口から、低音の恫喝がエナミの耳元に響くが、彼は一向に解さずに、ムスカリへと声をかける。
「ムスカリ殿、少しは落ち着かれたようですね。ラミーさんに何か言われましたか?どちらでも結果に変わりはありませんが、どこでその合同演習を行いますか?それと何人集めていただけますか?」
「……ラミー殿からは貴殿をくれぐれも舐めないように釘を刺されたよ。しかし我々としてはあれ程侮辱されて黙っていては、ライアン様に顔向けできん。貴殿の要求に答え、ライン地方方面軍が用意できる最大限の戦力でおもてなししよう。場所はこの領主館の下にある総合演習場で行う!!」
「分かった。そしたら向こうで待ってるよ」
「貴様らも早く他の連中に声をかけて、素早く全隊集合しろ!!これはただの合同演習ではないぞ!!ライン地方方面軍の意地とプライドをかけた闘いだ!!」
「ハッ!!」
獰猛な顔つきでムスカリの激に返事をした若いマッチョな軍服の連中はあっという間に散っていった。エナミはそれをのんびりと眺めてから、ゆっくりと指示された総合演習場へと向かう。
ムスカリはラミーとのやり取りで冷えた頭でエナミの足取りを見つめる。もし自分があの立場になっていたとしたら、あんなにもリラックスして総合演習場へと迎えるだろうかとつい余計な事を考えてしまっていた。
エナミが総合演習場に着いてから一時間もしない間に、500人程の完全装備の軍人が隊列を組んで準備を整えていた。その事にエナミはライン地方の地方方面軍の統率力の高さに関しては一定の評価を下していた。
エナミが何も装備を準備せず、着替えもせずに、ストレッチを一応程度にしていた事にも、挑発と思っていても顔には出さずに彼らは微動だにせずに上官の号令を待っていた。
「素晴らしい練度ではあるね。これは思いがけずムスカリ殿を褒めるべきかな?」
「始まる前にその様な言葉をいただけるとは望外ですな」
「あぁ、ムスカリ殿。いつでも演習始めてもらって構いませんよ。後はどういうルールにするかだけ教えてもらえれば、落とし所はこちらで考えますから」
「……余裕ですな」
「そりゃあ、これでもやれるって所を見せないと、「海鳴りの丘」には僕らだけで行けないじゃないですか。安心して下さい、ちゃんと知らしめますから」
エナミの震える様を見に来た筈のムスカリは先程と変わらぬリラックスしたままの彼の態度を見て、改めて不気味さを感じ出した。この男がこの練度の我らが地方方面軍を何の障害とも思っていない事がはっきり分かったからだ。
エナミは最後の言葉を言う時に総合演習場を俯瞰して見える高台にいるライアンを見ていた。この時点で彼がどんな結末を描いていたのかは彼しか知らない事だった。
「では、どちらも能力やスキル、武技も何でもありで、こちらは本部が白旗を上げたら負けとして、そちらはどうされますか?」
「ん?大丈夫だよ。もしそんな事態になったら適当に声を上げるから」
「……そんな事を確認出来るのですか?」
「出来るようにするさ。さっ、ようやくルールも決まったし、始めようか」
微妙な表情で離れていくムスカリを笑顔で手を振り見送るエナミは自分の指定された立ち位置までテクテクと歩いてたどり着く。
気を取り直したムスカリの激に応える地方方面軍が地鳴りの様な雄叫びを上げて、一斉に囲むようにエナミへと向かってくる。
後10メートル程で地方方面軍の第一陣がエナミに襲い掛かろうとした矢先にエナミがニヤリと嗤う。
「さぁ、終わりの始まりだね」
あれ?魔王?
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。