第二十六話 エナミは空気を読まない 1
ようやくアルミナダンジョン国のダンジョン調査団がライン地方の終着駅イーストケープに辿り着いたのも束の間、エナミは周りの事を気にせず、マイペースにダンジョン「海鳴りの丘」へと向かおうとしていた。
しかし当然の事だがサイテカ連合国とアルミナダンジョン国の関係上、そう簡単にダンジョンブレイクの起こりかけてる「海鳴りの丘」にエナミ一人で行かせる訳には行かず、一度ライアン・ヒューイットが案内するライン地方の領主館へと彼は引き摺られるようにしながら、連れて行かれた。
駄々っ子の様に最初は抵抗していたエナミもライアンとレラ二人からの圧の強い笑顔を見せられて、いきなりダンジョン「海鳴りの丘」に行く事は諦め、ライアンとレラとラミーと一緒に乗る馬車の中で項垂れていた。
「理不尽な扱いだ……。俺には自分の休みすら少しの自由も無いなんて」
「そんな事はありませんよ、エナミ先輩」
「そうだぞ、エナミ。自由と身勝手は全く違うものだとお前なら分かっているだろう?ダンジョンの事になると本当に周りが見えなくなるのは、本当に王立アカデミーの頃と変わらない悪い癖だぞ」
「ハハハハハハハハ、こんなエナミ君の情けない姿を見るのは初めてだね。いつもなら君の方がこうやって周りを諌める事が多いのにアルミナダンジョン国から外国に来て、ハメを外したくなったのかな?いや、仕事じゃないからって面が強いのかな?何にせよ、この無様な姿は貴重だね」
「言い過ぎですよ、ラミーさん」
自分はあくまでもダンジョン調査団とは別に完全なバカンスだというスタンスで行きたかったエナミは、全くそういかずに、アルミナダンジョン国からの使節団という一括りにされ、結局は何も仕事と変わらない現状に涙が出そうになるくらい落ち込んでいた。
こうして眼の前にいるラミーやライアンだけでなく、ダンジョン管理事務局のダンジョン攻略課で能能と働いているはずのダナン課長に対しても恨み節を言いたくなるが、まだダンジョンに行けるだけマシかと思い直して深呼吸して、前を向く。
「それで?この後領主館で何をするんだ、ライアン。そちらがダンジョンブレイクの把握している情報を共有してくれるのか?」
「お前は相変わらずダンジョンだけには執着が凄いな……。勿論「海鳴りの丘」の情報はあるから共有するつもりだけど、それよりも君達ダンジョン調査団の面々にはうちの兵士達を説得して欲しいんだ」
「説得?もしかして今回のダンジョンブレイクの解決にライン地方の兵士達は参戦するつもりなのか?」
「やっぱり不味いよな?」
「当たり前だろ、ライアン。お前は王立アカデミーで五大ダンジョンの実習してるんだから、分かっているだろう?ダンジョンブレイクについては座学だけかもしれないけど、お前もその怖さは十分理解しているだろう。そいつらはアルミナダンジョン国の冒険者なら、どのランクなんだ?最低でもゴールドランクにはいるんだよな?」
「う~ん、俺に勝てない位だな」
「はん、話にならないな。ゴールドランクにすら届いてるかどうかも怪しいじゃないか。それならダンジョンの入り口で余計な奴らが入って来なくする様に見張りみたいな仕事が関の山だろ」
いまだ「海鳴りの丘」の状況については何も知らないが、ダンジョンブレイクについてはこの世界で一番研究していると言っても過言ではないエナミとしては、ライン地方の兵士達が今回の問題に対して何ら理解が無い事を、この段階で分からさせられてしまった。
そして、ダンジョン調査団ではなく、自分に期待される役割についてもエナミは同時に察した。今回の問題全体の構造を理解してしまったエナミはライアンを軽く睨む。
「お前、俺をだしに使うつもりか?」
「御名答、流石エナミ。これだけの情報で良く分かったな」
「分からいでか。どうりで今回は次々とあんな事が起こるんだな。シュテルンビルト様が絵を書いたのか?いや、それとも俺の斜め向かいに座るラミーさんですか?もしかして周りみんながグルとか?」
「先輩?だしって?」
「レラちゃん、レラちゃん。今はちょっと黙っていようか」
ニコニコと笑ったまま混乱するレラを御するラミーは自身の口元に人差し指を立てて、エナミとライアンの話の続きを促す。
「……ラミーさんには今回のダンジョンブレイクの問題について、ダンジョン管理事務局の第三外交課課長として相談させてもらうまでは何の接点も無かったから、それは流石に穿ち過ぎだね。ただ非常に早い段階でこちらの描いていた絵については理解されたので、協力はしてもらっている」
「そうだねそうだね。あの時は僕も早く家に帰って家族と会いたかったから、ちょっと本気で「危険予知」を使っちゃったからね。行きの列車でも言ったけど一番早く、しかも確実にこの問題を解決する手段を考えたって訳さ」
「この問題とは、サイテカ連合国の政治問題として、ライアンがライン地方を治めるのを円滑にするってだけじゃないんですね?」
「そうだよそうだよ、だからシュテルンビルト様が君に託したんだろう?態々分かっている事を訊くのは、レラちゃんの為だろうけどこの子にはまだ早いよ」
「エナミ先輩……」
「……分かりました。ライアン、それなら俺は自分のやりたいようにやるぞ。何せ今回は俺は長期休暇でバカンスにこの地に来たんだからな。さっさと終わらせて、この絵を描いたやつを後悔させてやるよ」
不敵に笑うエナミに、レラもライアンも声をかけるのを躊躇うしかなかった。
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