第二十四話 混乱と収束と 4
三人ともエナミの昔話とある種の異常さに本人不在で話している事に微妙な気まずさに苛まれながらも、列車はレイン地方に向かって進んでいた。丘陵地域の景色が山の合間を縫うような景色に変わって、サーヤが朝聞いた言葉を思い出して呟く。
「……平和の象徴」
「えっ、サーヤ様、それは何処で聞いたッスか?」
「今朝の領主館での食事の時に、私が食堂に着く前に、エナミさんがサイテカ連合国のワラジアン地方とは違う所の領主のシュテルンビルト様と話してる時におっしゃってたわ。ストーリー家は「平和の象徴」だと」
「……私はその言葉を聞いた事が無いけど、父は何らかの形でストーリー家について知ってると思います。私には何も教えてくれなかったですけど、エナミさんと二人で食事をしに行った時もとても楽しそうに帰ってきましたし」
「さっきも言ったッスけど、王立アカデミーの頃のエナミ先輩は首席で入って、その上何でも出来たけど、何処とも誰とも本当に繋がりがなかったから、めちゃめちゃ浮いてたッス。でもこれから会いに行くライアンさんと冒険者求人課のマリーさんが何とか繋ぎ止めてたッス。だから当時のアルミナダンジョン国の人間はストーリー家はそんな凄いなんて誰も分かってなかったッス」
「想像できますわね。エナミさんは今でもダンジョンに取り憑かれてらっしゃるけど、当時はもっと酷かったんでしょうね」
「エナミ先輩は私の指導してる時も少し拗ねてる感じでしたから、父と話すまではストーリー家がそんな名家だなんて一つも考えた事は無かったですね」
お互いが知っている情報を擦り合わせる事でエナミの実像を明らかにしようとするも、そうするには全く必要な情報が足りてない事を理解する三人だった。
ここまで自分達が検証した話で、恐らくアルミナダンジョン国の300年前の建国の歴史の上で、ストーリー家が何らかの役割を果たして周囲の国にもそれが伝わっていた事は理解できた。
しかし王立アカデミーでの彼の扱いを見ても、ストーリー家が何を成したかをアルミナダンジョン国は身内に周知する気が無いのが分かっただけだった。
そして自分達がその隠蔽していそうな国に属している以上は、このサイテカ連合国に来て、その話が分かっていそうな立ち場の人物に会えるのは行幸と考えた。
「ライアンさんは王立アカデミーの時と変わってなければ、男前のめちゃめちゃ良い人ッスよ。何せエナミ先輩と上手くやってたッスから」
最後のミヤのその言葉に、サーヤとレラは苦笑しながらも納得せざるを得なかった。
一方で、そんな落ち着いた特別室から避難したエナミとラミーの二人は、本来は三人部屋だった客室で車窓を挟んでテーブルにグラスを置き、ウイスキーボトルから琥珀色の飲み物を半分ほど注いでいた。
列車が動く音以外はとても軟らかな沈黙の中で、エナミはゆっくりと粘性の高い液体を二つのグラスに注ぎながら、話し始める。
「それでラミーさん?こうして列車の中で二人になりたかった理由はなんですか?ただ男二人でワラジアン地方の名産のウイスキーを呑みたかった訳では無いですよね」
「流石、流石だね、エナミ君は。どうして僕が二人きりになれるようにこんなシチュエーションを作ったと思ったの?」
「ミヤがああいう風に乗り物酔いがある事は今回の遠征前に分かっていた筈ですから、それならラミーさんなら酔い止めの薬や魔法は当然準備出来ましたよね?それを敢えてせずに僕をああして魔法を使わせて彼女を追い出したのは、僕と二人きりになる必要が貴方にあったのではと考えたからです」
「そうだねそうだね。寸分違わず正解だよ、エナミ君。ならば答えよう。僕が最初にライン地方で君の旧友のライアン・ヒューイットから「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクについて話があった時、少し「危険予知」が発動してね。今回の遠征について非常に懸念を持ったんだよ。これはサイテカ連合国の政権争いに利用されるんじゃないか、とね。だからダンジョン攻略課のダナン課長に頼んで君に来てもらったって訳さ」
「そんな事だろうと思いましたよ。でなければ、ミシャールで留められて、レインハート様やシュテルンビルト様に試されるなんてあり得ないですからね。ケビン様も一枚噛んでるんですね?」
「まぁまぁ、凄いね凄いねエナミ君は。サーヤ嬢と君の関係を考えるとアルミナダンジョン国の政治的な問題が先か、プライベートが先かは分からないけどね。当然、僕にも話があったからね」
ラミーはグラスをエナミから受け取り、軽く回してから、グラスの三分の一ほどの高さまでクラッシュアイスを魔法で入れる。それが程よく溶けるのを待ってから、一口飲む。
「あぁ、美味いね美味しいね。流石ワラジアン地方産のウイスキーだ。これだけでも僕がこの仕事を愛する家族を置いて、態々成し遂げに来たかいがあったと思うね。それで?彼らはなんと言ってたんだい?」
「概ね、ラミーさんの理解で間違いないかと。僕の家の事も良く知ってましたしね。彼らは僕を試したかったみたいです。それがアルミナダンジョン国の今回のダンジョンブレイクへのスタンスを図る材料だと言われましたからね」
「そうかそうかぁ。だとしたら、この後はサイテカ連合国からの妨害は無いと思う?」
「あのサイテカ連合国の最大派閥のシュテルンビルト様が言ってましたから。僕にはこれ以上の確約は考えられないですね」
「良かった、良かったよ。それが聞けて。それならこれからは心置きなくダンジョンブレイクを解決するだけだね。まだウイスキーはあるんだろう?向こうの特別室は綺麗な女性陣に使ってもらって、ライン地方まではゆっくり飲み明かそうか」
「それもまた良い旅ですね」
グイッと一息で空けて、次の一杯を催促するラミーのグラスに、エナミは苦笑いしながらウイスキーを注いだ。
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