第二十三話 混乱と収束と 3
エナミとラミーというダンジョン管理事務局きっての異能者二人にまんまと嵌められた「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンだったが、異様に静かな特別室の前で暫し考えを纏めて、結論らしきものを用意してから軽く扉をノックした。
「はい、どうぞ」
「?失礼します」
何の鍵もトラップも無く、特別室の扉はスムーズに開けられ、ミヤは何の引っ掛かりもなく中へと誘われる。そこにはレラとサーヤが車窓とテーブルを挟んで優雅にお茶を飲んでいるのを間抜けに見る自分がいただけだった。
「お二人とも落ち着いたッスか?」
「あら、ミヤさん。列車酔いは落ち着いたのですね。誰に何を聞いたかは知りませんが、サーヤ様も私もこうして旅を満喫してますよ?」
「あぁ、貴方が今回わざわざ遠征に帯同して下さった「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンさんなのね。私はサーヤ・ブルックスです。噂は兼ね兼ね聞いてますが本物はとても可愛らしい方なのね」
「ありがとうッス。それでもう本当に揉めてないッスか?」
ミヤは軽く出されたサーヤの手を握手して、確認の言葉を発する。言われた二人はキョトンとした顔をしてから顔を見合わせ同時に苦笑する。
「レラさんと私が揉めてるですって?あくまでも子猫が他愛無くじゃれついていた様なものですわ」
「ミヤさんは私とサーヤ様の冒険者相談窓口でのお付き合いを知らないから、もっとキツいものだと考えていたんですね。そのお考えも分かりますけど、私達はそんなに小さな人間ではありませんから」
「確かに……」
ミヤも片や大統領の娘、片や「始まりの七家」の娘という二人の立場を考え、金持ち喧嘩せずだしなと思い直して、二人の落ち着いた苦笑を眺める。
しかし実際にはエナミを思う二人の心の中は完全にお互いを恋のライバル認定しているものの自身のこの場での立場を考えて、極めて冷静に振る舞う振りをしているに過ぎなかった。
ただしそのお陰で、こうしてエナミに縁がある3人が集まって表面上は楽しく歓談出来る状況になったのを良い事に、二人はサーヤにミシャールでのエナミの話を振る。
「そう言えば、エナミ先輩のおでこがちゃんと出てた顔を学生の頃以来に見たッスね。あれはサーヤ様が仕掛けたッスか?」
「うーん、私というよりもミシャールにいたワラジアン地方の領主、ナムト・レインハート様の所のメイド達がやった事よ?昨日の晩餐会の時も彼、フォーマルスーツがバッチリ決まってたし」
「あぁ……めちゃめちゃ死んだ目をした先輩の顔が浮かぶッス」
「いえ、エナミさんは珍しいくらい笑ってたわ。周りを地方領主と、その縁者、後は地元の名士に囲まれながら、とても楽しそうに普通の感じで対応していたわね。あの人って、そういう世界にもいたのかしら?」
「確かに。私の父も初対面で会った時から物怖じしないのをとても感心していたわ。普通ランドール共和国の元大統領って知っていたらもっと萎縮してしまうだろうって言ってたしね。まぁ、エナミ先輩が普段よりも緊張するとしたらダナン課長に怒られてる時くらいだものね」
「相変わらずッスね……。後はこの1日で何があったッスか?」
「詳しくはエナミさんからも聞けば分かると思いますけど、サイテカ連合国の方々から本当にライン地方のダンジョンブレイクを解決出来るかの試験を受けましたわ」
「エナミ先輩に試験?」
「ええ、私もミシャールに辿り着いた時に初めて聞かされたけれど、二つの試しを受けたわ。まぁ、エナミさんがメインでしたけど」
サイテカ連合国の今回の対応については非常に疑問が浮かぶが、それはエナミの方がよく分かっている事だろうと割り切り、ミヤは話の続きを促す。
「それで具体的には何をやったッスか?」
「2つあったのだけれど、一つは金属の鑑定ね。ヒヒイロカネっていう金属の鑑定をさせられていたわね。瞬間で答えていたけど」
「あぁ、エナミ先輩の専売特許ッスね。精度は自分の方が高いかもしれないッスけど、普通に六十階クラスの物までなら、大抵は先輩の方が速いッス」
「もう一つは何をしたの?」
「もう一つはケルベロスが檻から出てきて、対応してくれっていう話だったわ」
「ケルベロス……、ヤーガーラダンジョンの三十階フロアボス」
「そうね、私が対処しようと思ったけど、エナミさんがあっさりとペットの犬のように手懐けてしまったから私も拍子抜けでしたけれど、あの方の才能って魔物の調教か何かなのかしら?」
「先輩はそんな才能じゃあ無かった筈ッス。あったら王立アカデミーの頃の才能確認で分かった筈ッスから。それにそれくらいの事はアルミナダンジョン国の五大ダンジョンの調査の時にもよくやってたッス」
「そうなんですか?」
自分が知らないエナミの一面がミヤからは聞けるため、ついつい素早く訊いてしまうレラだったが、分かってはいても誰もそこにはツッコまずに話が進む。
「そうッスね。自分が知ってる範囲ならエナミ先輩は五大ダンジョンの何処でも五十階位までならフロアボスクラスのモンスターとでもほとんど戦う事は無いッス。魅了してる訳じゃないみたいッスけど、ほぼ手なづける事が出来るみたいッス」
「そんな!?そんな事が出来るなんて!?」
サーヤは自分がプラチナランク冒険者としてメリダダンジョンを攻略している為、あまりの事に驚愕する。ミヤはちょっと気まずそうに頭をかいてから、呟く。
「あの人に普通とか常識とかは通用しないッス。何せ教官達には王立アカデミーの歴代入学者の中で最も万能に才能があるって言われてたッスからね。本人が決して言いたがらないから、エナミ先輩の近くにいた人間以外は知らないッスけど、先輩に苦手な事は何も無かったッス」
特別室の中では暫くの間、さっきまでとは違った意味の沈黙が流れた。
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