第二十二話 混乱と収束と 2
不穏な特別室から非常に静かに気配を消して離れたエナミとラミーは、列車内の通路を歩き、元々レラ達3人が乗っていた客室へと向かう。
この列車の構造としては、日本で見られる寝台や観光列車の個室を想像してもらえれば分かりやすいが、値段ごとに分かりやすく客室に大きな違いがあった。
当然高い料金を払った方が広さ、設備とも良くなり今回3人が選んだ席も十分に高級と言えるだけの客室だった。ラミーがエナミを案内する設定で、3人の客室に入っていく。
そこにはグッタリしたミヤ・ブラウンがシートに横になっていた。彼女は眠っていた訳では無い様ですぐに身体を起こし、二人に青ざめた顔で挨拶する。
「お久しぶりッス、エナミ先輩。ラミー課長は先程ぶりッス」
「久しぶりに会っても、その顔だと感慨深さは無いな、ミヤ。すぐに「治癒」と「リラックス」の魔法かけてやるから」
「有り難いッス」
軽くミヤの肩にエナミは触れると、二つの魔法を息をするようにかける。彼女の顔色は戻り、血色も良くなる。
ちなみに当たり前の様にこんな風に二つの魔法をほぼ同時にかけられるようには王立アカデミーでは習わない。しかし、彼は「瞬動」で見せたように、持ち前の魔法やスキルへの飽くなき興味と才能により、この様な事を可能になっている。
その為、このような事が出来るのが分かっている周囲に関してはエナミが当たり前の様にやっている事の異常性は理解しつつも流している面が多かった。
漸く落ち着いたレラは元気にエナミに話しかける。
「先輩、助かったッス。これで安心してこの列車の旅が続けられるッス」
「ああ、本当に良かったよ、ミヤ。これで俺がお前に借りを作れたからな」
「……何か昔もあった嫌な予感がするッス」
エナミの普段なら見る事がまずない満面の笑みを見て、ミヤは王立アカデミーの頃に味わった理不尽な要求を思い出す。
当時ですら想像しうる限りの非常に嫌な目にあってばかりだった為に、ボンヤリとしか今では思い出せない事をトラウマだと認識しており、彼女の良くなった顔色がまた少し青ざめていた。
「えっ、そうだったっけ?昔って王立アカデミーの頃だろ?俺お前にそんな酷い事した覚えが無いんだけど……」
「そうやってイジメは起きるッス。まぁ、ちなみに今はどんな問題があるんスか?」
「流石「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウン。問題を即座に取り組み解決させる能力はピカ一だね。唯お前ほどの能力者でも今回のミッションは少し大変かもしれないがそれでも挑戦するかね?」
「ハン、舐めてもらっちゃ困るッス。先輩の不遇でカッコ悪い「末成りの物語」なんて二つ名とは違って、こっちはちゃんと実績で付けられた二つ名ッスよ?今なら先輩の難問一捻りッス」
王立アカデミーの頃の、昔のノリを取り戻しているエナミとミヤの二人の掛け合いを楽しそうに眺めているラミーだったが、ついつい言葉を発してしまう。
「そっかそっか、そしたらエナミ君、こんなにやる気になっているブラウン調査主任に今回の件は任せて良いという判断に僕からはなるけど構わないかい?」
「はい、本人が当問題について何も知らないのにこれだけやる気に満ち溢れている以上は彼女に任せるべきでしょうね」
「分かった分かったよ、ではブラウン調査主任。今回の件に関しては君に任せよう。これは今回の遠征チームの総合的な判断と思ってくれて構わない」
「分かったッス。所でこんだけ仰々しく言われるなんて、どんな問題なんスか?」
ラミーとエナミがホッとして握手を求めるのに任せて、二人と固い握手を交わしたミヤはどんな問題でも対応する自信はあるものの二人の過剰な対応に一抹の不安を覚えてついつい訊いてしまう。
訊かれたラミーは何事でも無い様に淡々と言う。
「えっえっ?この列車の特別室にいるサーヤ嬢とレラ君を穏便にここに連れて来てほしいだけだよ?ブラウン調査主任なら簡単なんだろう?」
「はっ?」
「どうしたんだ、ミヤ?さっきのお前の勢いはどうしたんだ。今の俺の難問もお前なら簡単なんだろう?ほら、一人で行って解決してきてくれよ。俺もラミー課長とミシャールでの積もる話があるからさ、ここで待ってるから」
「確かに確かに。わざわざワラジアン地方の領都で君達二人が何をしていたかは確認しておかないとね。僕がこの遠征チームの代表なんだから把握は必要だからね。それで、先方からはどんな粉をかけられたんだい?」
「はい、それが……」
最早この問題は終わった事の様に流してしまっている二人を前に、完全に流れに身を任せて彼らに嵌められたと愕然としていたミヤだった。
しかし、それでも「ダンジョンマスター」の意地でいち早く意識を取り戻すと、十秒程睨みつけても全く堪えない二人に諦め振り返り、決戦の地である別の車両の特別室の方へと一人向かっていった。
サーヤとレラの関係については今回のライン地方のダンジョンブレイク調査団が編成された時に事細かにエナミから報告書にして渡されていたミヤとしては、地雷原に何の準備も無しにわざわざ突っ込む自分に対して腹を括らざるを得なかった。
そうして異様な雰囲気で静けさしかない特別室の前に立ち、彼女はゴクリと一つツバを飲み込み、扉をノックした。
もし気に入ったら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。