第二十一話 混乱と収束と 1
このライン地方へと向かう列車にエナミ達とレラ達、お互いのメンバーが乗っていたのは偶然とは言えず、必然に近いものだった。
レラ達が乗った列車の情報は、元々アルミナダンジョン国に追い返そうとしていたナムト・レインハートにも当然入っており、ライン地方に彼らを行かせる事があの試しの場で決まった以上は、逆にスムーズに送り出せるように手続きを取っていたのだ。
当然その様なワラジアン地方の領主の配慮は、当事者同士のプライベートな問題を除けば、非常に有り難いものだったが、正にそのプライベートな事が大問題として存在する立場のエナミとしては、このタイミングではレラ達に会いたいとは全く思っていなかった。
その一方、会いたくてしょうがなかった彼を見つけたレラはとても良い笑顔でエナミに話しかける。
「エナミ先輩、あのダンジョン管理事務局での拉致誘拐騒ぎから考えられない位、整った格好でお元気そうで何よりなのですが、ワラジアン地方の領都ミシャールなんかに何か用があったんですか?」
「いやいや、俺には何の用も無かったよ。先方の事は一つも知らなかったしね。ただサーヤ様がお家の事情もあったみたいで、領主のナムト・レインハート様におもてなしいただいたのさ」
「領主からのおもてなし……、さぞ楽しまれたでしょうね」
会話上は非常に楽しさげに不穏な言葉を発していたレラの満面の笑みは会った時よりもさらに深くなり、醸し出す雰囲気はそれに反比例するかのようにどんどん冷たくなっていく。
やりきれない空気が広がり、何もしてない筈なのに後ろめたさが募るエナミは後ろを向き、特別室の中にいるであろうサーヤを見やる。
強い視線をレラからも浴び続けているサーヤはそれ如きでは何事も無いかのようにこちらも深い満面の笑みで、レラに話しかける。
「あら、レラさん偶然ね。この列車に乗っていたのね。お会いできて嬉しいわ」
「サーヤ様、本当にそう思ってます?こんな所まで二人で逃避行してたのはそちらの都合だったって、今聞きましたけど?」
「それは当然じゃない。私のエナミなんだから、こうやって長期休暇が彼が取れたなら最高のバカンスを二人で過ごしたいと思うのが当たり前じゃなくて?」
「そうやって人に自分の価値観を押し付けるのが、サーヤ様の生き方という事ですね。よく分かりました」
レラもサーヤもお互いに笑顔なのは変わらず、ニコニコしているのは間違いない。しかしその発言の中身は互いに厳しい皮肉と嫌味の応酬でしか無かった。
エナミはそんな現実に耐えきれず、特別室の外を見回す。すると特別室の外の通路に、普段なら間違いなく迷惑でしかない男がヘラヘラして手を振りやってきた。
「やあやあエナミ君、ようやく会えたね。嬉しいよ、こうして君がドラマチックな展開で目の前にいてくれて。しかしこれはまさに運命の出会いだね。レラちゃんがミシャールの駅で乗ってきた乗務員に飛びかからんばかりの勢いで訊いていたからね。本当にこんなリゾート地に君が大好きなダンジョンを放っておいて、ここにいるなんて信じられなかったよ。ワラジアン地方の名産の赤ワインは美味しかったかい?」
「ありがとうございます、ラミーさん。僕は貴方に対してこれまで一度も思わなかったですけど、こうしてこの場にいてくれた事を心から感謝します」
「えっ、えっ?本当に本当?こうして運命の出会いだけじゃないね、そのエナミ君の感想はあり得ないくらい嬉しいけど、でもそれだと今までは何だったと思うけど、それは取り敢えず置いておいて何かあったのかい?」
「はい、この場はラミーさんが来てくれたから取り敢えず落ち着きそうです。そう言えばうちの後輩は何処に?」
エナミはキョロキョロ辺りを見るが、彼の王立アカデミーの後輩であるミヤ・ブラウンは見当たらない。
「あぁ、「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンかい?彼女はどうもこの手の乗り物が苦手みたいで、向こうの席でダウンしてるよ」
「あぁ、確かにアイツならそんな事ありそうだな。でもライン地方への出発は随分早かったですね。許認可をダンジョン管理事務局がそんなに早く出す感じじゃ無かったと思ったんですけど」
「そりゃあ、あの子がね……」
ヘラヘラした態度は変わらずに、ラミーは目線だけでエナミに伝える。エナミは振り返り、特別室の奥を見る。
そこではレラとサーヤのエナミに対しての不毛なマウントの取り合いがお互いの実力も相まって、果てしなく進んでいる様が見て取れた。
その為、エナミは再びラミーの方を向くと何事も無かったかのように特別室のドアを閉めて、あちらの室内で起こっている現象には一切触れないようにする。
「じゃあ、ラミーさん達が元々座っていた席に向かいましょう。ミヤの事も心配ですからね」
「そうだね、そうだね。僕もあまりここで無駄話をする気分じゃないね。そんな事したらどうなるか、僕の「危険予知」がガンガン警告してくれてるからね」
本当にそれが最善の策と考え、二人は特別室内のプレッシャーがどんどん重くなる空気を読んで、その場を離れていった。
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