第十話 サーヤ・ブルックス 2
サーヤはエナミの冒険者相談窓口に行くのが自身の冒険者としての成功への近道だと、最初の彼との印象的な出会いを経て直感的に感じていた。彼の常に人を斜めに見るような人格と嫌味な発言はともかく、冒険者本人の能力の特性と、攻略している階層に合った的確なアドバイスはプラチナランクになった後も含めて今まで一度も間違いはなかった。
サーヤは史上最速に近いスピードでプラチナランクになり、そして史上最年少の五十階層到達冒険者になる事も現実に近いものとなっている今、彼には感謝こそすれ、最初に会った時の屈辱的な気持ちは全く無かった。
むしろ何故彼が「末成りの物語」なんて蔑称でダンジョン管理事務局の裏側で呼ばれてる方が不思議でならなかった。自分が三十階を攻略し、ゴールドランクに上がった際、エナミの相談窓口に行って、サーヤ自身が若干恥ずかしながらも、感謝と今後もプラチナランクに向けてアドバイスをお願いする事を伝えに行った時の事を思い出す。
「ありがとう、何とかここまで来れたわ。これも貴方のお陰よ」
「いえいえ、サーヤ様自身の努力の賜物ですよ。これからはゴールドランク冒険者として、責任ある立場になりますから、行いや発言にもお気をつけて下さいね」
「…貴方、よく背もたれに斜めに座ったままでそんな思ってもいない言葉を口だけ丁寧に言うわね。後、様は馬鹿にされてるみたいだからいらないって毎回言ってるでしょ!」
「はいはい、この後はサーヤ様プラチナランクまではどうされるんですか?こちらで地図だけでも用意してお渡ししましょうか?」
「何言ってるの?また来週以降も続けて来るわよ?貴方に助けてもらってるのは身に染みて分かってるもの。何か問題でもあるの?」
若干の間が空いた。ダンジョン攻略課の中自体も少し空気が重くなる。
「…そうですか、分かりました。今まで通り資料の準備等をしておきますね。しかし変われば変わるもんですね、最初は確か首を洗って待ってなさいって言われたような記憶がありますけど?」
「貴方って本当に嫌な性格ね!?」
「でしたら、これからも宜しくお願いしますよ、美少女ゴールドランクさん」
「ふん、また来週来るわ」
「はい、サーヤ様。次回の冒険者相談窓口へのご来場、エナミ・ストーリーは首を洗って待たせていただきます」
芝居がかったエナミの見送りにちょっとは腹は立っていたが、いつもの事と割り切って出ていこうとしたサーヤは、自身が冒険者相談窓口から出ていく際の、他のダンジョン攻略課職員の態度がやけに冷ややかだったのが逆に引っかかったのを期に、その後自分なりに伝手を使ってエナミの事を調べ色々な事を知った。
国のトップエリートしかなれないダンジョン管理事務局のダンジョン攻略課冒険者相談窓口を、王立アカデミー卒業後すぐの15才で史上最年少着任。その肩書きにかけられたプレッシャーを常に浴びながら、彼の担当冒険者は誰一人としてシルバーランクでは止まらず、皆がゴールドランクに、そしてプラチナランクも現在は自分含めて7人。しかも一人はシルバーランクの時に彼が関わり始め、そのままオリハルコンランクまで駆け上がっていた。
通常はプラチナランクに一人でも担当冒険者がなるような実績があれば、担当者は3年でダンジョン攻略課以外の課長職になり、その2年後には部長職補佐以上のポストも用意されていてもおかしくなく、どう考えてもエナミの実績であれば、今の段階で課長職以下の役職についてないのは有り得ないと、調べてもらった探偵に言われた。
サーヤが実際にエナミに相談したことで、彼が答えを用意していなかった事は一つも無かった。普通はゴールドランクになったら冒険者が来なくなるのが慣例らしく(サーヤはこれをゴールドランク昇格時の会話の後に知らされて、ダンジョン攻略課の微妙な空気の意味が分かった)、相談窓口担当者が知らなくてもおかしくない筈のプラチナランク対象の五十階近くの情報をあんなにも詳細に、かつ気軽に分かりやすい形で渡せるだけで、優秀どころではない事は分かっていた。
そう、優秀どころではなく、異常としか思えないレベルだ。もっと言ってしまえば、プラチナランクのサーヤでさえ、彼はこのメリダダンジョンの何処まで知ってるのか、全く予測できないレベルの知識を持っていそうという事しか言えなかった。
アルミナダンジョン国にある5大ダンジョンはそれぞれ制覇はされていないものの、ダンジョン管理事務局のダンジョン調査部によれば、少なくとも百階層はある筈と言われている。
メリダダンジョンの現在の最深階層は公開されている限り八十四階。六十階に行けば、最上位のオリハルコンランクの冒険者と言われるこの世界で、この10年間の期間、メリダダンジョンの最深部の攻略をたったー人で更新し続けている冒険者、「異端なる者」と呼ばれている存在がいる。この冒険者がオリハルコンランクに至るまで、担当窓口をやっていたのは何を隠そうエナミで、彼以外は誰もその姿を見ていないし、詳細についても知らない。
しかしその何者かも分からない存在がエナミ経由で持ち込むものは、誰も見た事もない圧倒的に硬度のあるモンスター素材として資材部に回され、その素材からダンジョン調査部にいる発見された階層を認定する能力のある者から攻略階層の発表があるだけだ。
10年前のメリダダンジョンの最深階層が六十二階で、他の5大ダンジョンの攻略階層の平均である六八階と比べて浅く、5大ダンジョンで最も難易度が低いと言われていたメリダダンジョンは、その時点でこのダンジョンを冒険するものを馬鹿にしている者も居たようだが、サーヤがこのダンジョンを攻略し始めた5年前には「異端なる者」の力により最深部は八十階層手前まで行き、誰も下に見るような事は無かった。
エナミの話している雰囲気からすると、少なくとも六十階までは、窓口担当していた「異端なる者」という冒険者から聞き、ほぼ全てを知っている感じはあった。
ただサーヤからすれば、冒険者として自身をここまで育ててくれた今、エナミがどうして知っているかはどうでもいいが、何故彼があの冒険者相談窓口の地位に居続けているのかが分からなかった。
通常であれば冒険者相談窓口という3〜4年で良くも悪くも異動になるはずのステップ部署に、12年も平で居続け、その輝かしい実績には目を向けられずに入れ替わる同僚職員達に馬鹿にされて陰口すら叩かれている。
ここ2年半ほど新人指導してもらっている隣の窓口にいたレラという女は多少彼の優秀さを分かっているとは思うが、それでもエナミの現在のダンジョン管理事務局で置かれている立ち位置の異常性は理解できていないと思う。
そう、私だけがエナミの事を理解しているのだ。この5年の間、私は彼についてもらい、1番ダンジョンの階層を攻略してきた。勿論その中で彼との濃密な(あくまでもメリダダンジョンの攻略について)時間を常に過ごしていた。また、彼について他人を使い調べる努力もかかさなかった。だからこそ私は彼の事をもっと知りえるチャンスをうかがっていたのだ。
今度のエナミと出来た約束はそんな彼の事をもっと知るために大事なお願いをしよう。サーヤはその結論に至ると、ちょうど着いた自宅であるブルックス家の門番に一声をかけ、鼻歌混じりにリズムに乗りながら玄関へと向かった。
「毎週この曜日のお嬢様は機嫌が良い」
彼女が生まれた時からいる門番も嬉しそうに後に同僚に語っていた。
更新してたら、なんか彼女がホラーな感じになってますが、あくまでもラブコメの範囲と認識してます。
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