第十九話 合流と混乱と 2
サーヤ・ブルックスはエナミが早々に朝食会場に行った事には目くじらを立てるつもりは無く、落ち着いて何処かに座っている彼を探していた。
昨夜は余興も含めエナミとは非常に楽しい時間を過ごす事が出来たため、今朝、客室のベッドで起きた時に自分の気持ちが非常に満たされた状態だった事を自覚して、ついニヤついてバタバタしてたのは客室付きのメイドとの二人だけの秘密であった。
そんな他愛の無い事をしていた為に、朝食に来る準備が遅れたのを愛嬌と思ってもらえるかしらと、超ポジティブに考えながらサーヤはメイド達に自分の魅力を引き上げてもらっていた。
当然、客室付きのメイド達も、サーヤ・ブルックスの名前も功績も知っている人間しか付けていなかったが、実物はそんな恐ろしい人物ではなく、非常に可愛らしい、一人の恋する乙女だった為に、このパートナーとの恋をちゃんと応援しないと、と気合いを入れて彼女の装いを整えた。
これは当然エナミの客室に付いていたメイド達とも情報を共有されていた為に、昨夜も
今朝も3人がかりで彼自身も仕上げさせられていたのだ。
閑話休題。
そうして今朝も魅力的に仕上がったサーヤはあわよくば朝食会場に同じタイミングで入って、同じテーブルにつきそうな男性陣の面々を上手く捌いてエナミを見つける。
しかし彼は何故かこの会場で一番偉そうな
壮年の男性と朝食には手をつけずにコーヒーを飲みながら話しており、周りの人間達も聞き耳を立てながらも目を合わせないように気をつけていた。
サーヤはまだエナミに気付かれていないと理解できていた為に、スキルで自身の気配を非常に希薄にしてその場を立ち尽くしながら魔法で二人の会話に聞き耳を立てる。
「はい、それに言いたくはありませんが閣下なら分かると思いますが、我らがアルミナダンジョン国が本当にこのサイテカ連合国の侵攻を考えるのならば私なんかを送り込みませんよ」
「……それがストーリー家の定めか」
「はい、ご存知だと思っていましたが、我がストーリー家は「平和の象徴」ですからね」
「……エナミ君のその言葉を信じよう。有意義な時間だった。これからのライン地方への君等の旅の無事を祈るよ。では、失礼する」
「はい、ありがとうございます。シュテルンビルト閣下もご健勝であらん事を」
この会話でエナミの向かい側でテーブルに座っていた相手が、サイテカ連合国の一派閥を長年纏めてきたマーカス・シュテルンビルトだった事をすぐに分かったサーヤだった。
しかし実際にはそれよりも二人の会話の中にあった、ストーリー家の定めやら、ストーリー家は「平和の象徴」といったキーワードの方が気になり、うっかりシュテルンビルトが席を立った先でエナミに見つかった事に、若干気持ちが焦りを見せる。
そんな二人を覗き見をしていて内心気まずい自分をサーヤは魅力的で見惚れてしまいそうな笑顔で塗り替えて、エナミのテーブルへと近づき、挨拶を交わす。
「おはよう、エナミさん。先程は先客が居たみたいで妬けるけど、同席しても良くて?」
「勿論ですよ。あの方はもう用が無くなられたみたいですからね。もう戻っては来ないでしょう。どうぞ、そちらの席はサーヤ様の為にありますから」
昨日とはまた違った装いで魅力をお互いに引き出している二人だったが、周りのメイドや執事達も、先程の緊張感溢れるエナミとシュテルンビルトとの会話のやり取りをしていた場とは全く違った空間を作り出す。
あっという間に陰謀渦巻く政治的な場から、恋する婚約者同士の甘い席に変えてしまえるある種の魔法使いのような彼らスタッフの尽力により、とても楽しそうに二人は会話を交わしていく。
「それで、貴方が相手していたシュテルンビルト閣下はなんて?」
「君の可愛らしいパートナーはこの会場には来ないのかねって言ってましたね。もっと褒めようがあったかも知れないですか、私もあまり身内を褒めるのも失礼かと思いまして」
「可愛らしいパートナー……」
胸焼けしそうな甘い会話と雰囲気も、爽やかな朝食会場の場では誰一人として止める人間はいなかった。
ただその場に少し遅れてやってきた領主ナムト・レインハートは空気などお構いなしに
二人に声をかける。二人が席を立って挨拶するのを鷹揚にうなづく。
「あぁ、サーヤ殿、エナミ殿、構わんでくだされ。昨夜は先に失礼してしまって申し訳ありませんでしたな。何分素晴らしいものを見せてもらい、感謝しかありません」
「いえいえ、こうして領主館に泊めていただいたんです。少し位はレインハート様のイベントに貢献出来たのでしょうか?」
「そうですわ、皆様にとって意義のあるイベントになっていたのかしら」
「それは大丈夫だろうさ。ゲストの皆は非常に喜んでいたと、私の部下からも聞こえていたしな。ところでエナミ殿、今日は何時頃に発たれる予定で?」
「あぁ、それはもうすぐ次の列車に乗りたいです。ダンジョンブレイクが起こりそうなライン地方にいち早く行きたいですからね」
「あい分かった。では列車の席はこちらで用意する様にしよう。では、また会える機会を楽しみにしている。サーヤ殿、今回の帰りもぜひ寄ってくれたまえ」
「はい、レインハート様」
家族のいる自分のテーブルへと去っていくナムトを見送り、二人は朝食をスマートに食べ終えると、客室へと旅の準備に帰って行った。
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