第十八話 合流と混乱と 1
エナミは素晴らしい領主館の客室のベッドで目を覚ますと、一瞬だけ自分が何処に居るか分からなくなっていた。そもそもこんな豪勢な部屋で寝る事の経験が無かったため、非常に混乱したが、昨夜の試しを思い出して落ち着いて身体を伸ばした。
自分の人生で間違いなく最高の環境から起き出した彼は、部屋付きのメイドがあまりにも自然にやってきた事に感心する。
「おはようございます、エナミ様」
「おはようございます。今朝はどういう流れですか?」
「はい、まずは朝のお着替えを用意しましたので準備していただいてから、朝食に。その後はミシャールの駅に出発迄の間はご歓談いただければとナムト様から伺っております」
「分かりました。ではまずは私は一人で着替えますんで、出ていってもらっても?」
「そうはいきません」
非常に良い笑顔で訊いたエナミに対して、こちらも非常に良い笑顔で拒否したメイドはエナミの寝間着を文字通り剥ぎ取り、領主との朝食に相応しい格好に、何処からともなく現れた助っ人メイド達3人がかりで彼を仕上げた。
昨夜の装いからはカジュアルになったものの、普段の彼からすれば全く不本意とばかりに確りと決まった格好と髪型で、昨日晩餐会をやった領主館の食堂へと向かう。
隣の部屋からはまだサーヤが出てこない様なので気を利かせたエナミは今回は一人で向かうが、食堂に向かう途中で一人の白髪の壮年の男性に挨拶される。
「おはよう、エナミ・ストーリー君だね」
「おはようございます。昨日は余興会場で見かけたのですが、生憎挨拶する機会が無く、申し訳ありませんでした。マーカス・シュテルンビルト閣下」
シュテルンビルトは自身を知られているとは全く思わず、驚かそうとしていた反動からか、片方の眉を瞬間的にピクンと跳ね上げてしまうが、それでも一瞬の出来事で笑顔で握手をしようと右手を差し出す。
「いやいやエナミ君、流石だね。よもや私の事を知っているとは。アルミナダンジョン国には行った事が無いはずなんだが?」
「ご謙遜を。この三十年、サイテカ連合国の領主として一派閥を形成し続けていらっしゃる閣下の事を知らなければ、それは王立アカデミーの落第生ですよ」
「ハハ、私も君の国の王立アカデミーに留学する筈だったんだが、私の兄が流行り病で亡くなってね。それで領主の跡取りとして担ぎ上げられて、今の今までこのサイテカ連合国の外に出れなくなってしまったという訳さ」
「閣下ならその耳と目でこの中央大陸の事を全てご存知と思いますが?」
「そんな事は無いさ。君に簡単に驚かされる位の小さな人間だよ」
笑いながら二人は握手すると、横を見ながら初めて会ったとは思えない程の仲の良さを見せながら、食堂に向かう。晩餐会の時の様に朝食会場に着くと両開きの扉を執事が頭を下げながら開け、中へと誘う。
エナミとシュテルンビルトという誰も想像した事も無いペアが現れた事でザワつく朝食会場で、二人は同じテーブルにつき朝食が用意されていく。
「君の可愛らしいパートナーはこの会場には来ないのかね?」
「サーヤ様ですか?まだまだ用意に時間がかかりそうでしたから、先に来ただけですよ」
「そうか、では私は邪魔かな?」
「まさか。この国で閣下の事を邪険に出来る人間なんて、誰一人としておりますまい」
二人は朝食には手をつけずに、コーヒーをゆっくりと飲みながら会話に花を咲かせる。一見して仲良さそうな二人の笑顔でのやり取りも、何処に毒や策謀が張り巡らされているか分からずに、周りは聞き耳を立てていた。
シュテルンビルトは周辺情報を十分に話したとばかりに本題に入る。
「エナミ君、今回のダンジョン調査団は君が団長なんだって?」
「いえいえ、私はあくまでもアルミナダンジョン国の一民間人のサポート役ですよ。ダンジョン調査団団長はダンジョン管理事務局のラミー・レバラッテ第三外交課課長です」
「そう言えばヒューイット殿がその名を言っていたな。彼は君を御する程の人間かね?」
「……そういう事ですか。閣下、我々には他意はありませんよ」
「ほう、他意と?」
飲み干したコーヒーカップの縁を触れながら、エナミは側に居た執事には声をかけずにシュテルンビルトに話す。
「他意ですよ。誤解ない様に自治報告会の皆さんにお伝えいただいても構いませんが、今回我々アルミナダンジョン国のダンジョン調査団には一つの目的しかありません」
「ほう、それは?」
「はい、このサイテカ連合国のライアン・ヒューイットから連絡があった、ライン地方の「海鳴りの丘」のダンジョンブレイクの調査とその沈静化だけです」
「そんな小さな事の為だけに、そちらで最も優秀と言われているメンバーを集めたと?」
「それは疑い過ぎです、シュテルンビルト閣下。我々はダンジョンブレイク一つ位しか対処出来ないような面々です。とてもサイテカ連合国を侵略するような意図はありません」
「そうだろうか?」
エナミはこの旅の中では珍しく皮肉めいた笑いをする。
「はい、それに言いたくはありませんが閣下なら分かると思いますが、我らがアルミナダンジョン国が本当にこのサイテカ連合国の侵攻を考えるのならば、私を送り込みませんよ」
「……それがストーリー家の定めか」
「はい、ご存知だと思っていましたが、我がストーリー家は「平和の象徴」ですからね」
「……エナミ君のその言葉を信じよう。有意義な時間だった。これからのライン地方への君等の旅の無事を祈るよ。では、失礼する」
「はい、ありがとうございます。シュテルンビルト閣下もご健勝であらん事を」
彼がコーヒーをアイコンタクトで執事に注文しながら返事を告げた時には、既に隣の席にシュテルンビルトはおらず、サーヤが食堂の入口からエナミを探している所だった。
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