第十三話 エナミは嗤う 3
晩餐会に呼ばれた時、サーヤは隣の部屋から出てきたエナミに息を飲んだ。普段のダンジョン攻略課の冒険者相談窓口の野暮ったい彼やこの前の二人でお茶した時の私服姿の彼とは全く違う、フォーマルスーツを来て現れた彼は別人に見えた。
髪もちゃんと客室付きのメイドに仕上げてもらったのであろう、普段と違い額を出し、切れ長な眉も整えられたダンジョン攻略課でのエナミからは想像出来ないシュッとした顔を見て、本当はこんな整っていたんだと改めてサーヤは気付かされた。
「サーヤ様、どうしました?ボーっとしてますけど、まだ疲れが抜けませんか?」
「う、ううん。ちょっと貴方の印象が違いすぎて、困惑しただけよ」
「そうですか?なら良かった。そのドレスとても良くお似合いですよ」
「まぁ、お上手ね」
エナミはアルミナダンジョン国にいる時には普段全く見る事が無い表情で、柔らかく笑う。つい見惚れそうになるのを必死で堪えてサーヤはエナミの肘を持つ。
「サーヤ様?」
「エナミさん、貴方の準備は整っているのでしょう?それならこうしてパートナーとして扱っていただかないと困りますわ」
「そうですね。今夜の晩餐会とその後の余興までは少なくとも隣に居てもらわないと守りきれないかもしれないですからね……」
「ん?何か言ったかしら?」
「いえいえ、どうでも良いことですよ。そんな事よりお待たせしてはいけませんから、早く会場に行きましょう」
「そうね!!」
肘を軽く持つだけで少しドキドキしていたサーヤは小声で呟いていたエナミの声を拾いきれず、聞き直すが笑顔でかわされる。
こうやって腕を組んで二人で歩く機会をいつの間にか夢見ていた彼女としては、それ以上は聞けずにお付きの執事に案内されながら晩餐会の会場へと向かうしかなかった。
晩餐会の会場に着くと両開きの扉を執事が頭を下げながら開け、中へと誘う。そこは先程まで一緒にいたナムト・レインハート以下レインハート家の人々だけでは無い、五十人は超えているであろう着飾った人達がそこにはいた。
そんな人数が座る丸テーブルがグルリと囲む、中央のレインハート家が揃っているであろう丸テーブルに、二人分席が空いている事を見てしまったが、既に他の席が埋まり、皆がこちらを向いている以上はその主賓席に自分達二人が座る事になるのは明白だった。
エナミはため息を付く事を一瞬考えたが、自分の今夜の目的を思い出し、一言だけ呟くと笑顔のままでサーヤを中央の丸テーブルにエスコートする。
その席に二人が座るのを確認すると、笑顔のナムトが立ち上がり、ワイングラスを掲げて開会の挨拶をする。
「アルミナダンジョン国から来られた主賓のお二人も席につかれた。では今宵の晩餐会を始めよう。乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
エナミもサーヤもグラスを掲げて軽くグラスを合わせてキンッと音を鳴らせて、赤ワインを口に含む。非常に香り高い甘いワインについ笑みが溢れたエナミは席についたナムトに声をかける。
「ワラジアン産の赤ワインは流石に非常に美味しいですね」
「ほう、ヘリクリサムに続いてまたまた嬉しいね。我が領地の最大の名産を知っていたかね?」
「ええ、この赤ワインを飲んだ経験は何度かありますが、私達アルミナダンジョン国では非常に希少な物なので、国賓クラスのお祝いにしてもこれだけの量は用意できないです」
「ハッハッハ、流石の商人の国でも難しいかね」
「そうですわね。私達ブルックス家でもこのクラスのワインはワインセラーに何本かしかございませんわ」
「ほう、「始まりの七家」であるサーヤ嬢が言うなら間違いないね。今日は存分に楽しんでくれ給え」
何処の領主であろうと、自分達の自信がある物を褒められて嬉しくないはずがない。エナミの最初の会話の掴みは最良の物になった様で、中央に配置されていた丸テーブルはその後もレインハート家の面々も楽しんで晩餐会を過ごしていた。
当然、この喜びに溢れた流れは、周りの丸テーブルについていたミシャールやワラジアン地方、近隣地方の有力者達も敏感に察して、次々とエナミとサーヤに挨拶に訪れる。
当たり前にバタバタしそうな展開だったが普段とは全く違う社交性をエナミは発揮し、サーヤに無理のない様にエスコートしながら客人達を捌いていった。
その後3時間かからない位で晩餐会はお開きになり、二人は執事に別会場に案内されながら酔いを醒ますために、「治癒」の魔法をかけて落ち着いてから、エナミは執事に声をかける。
「今度は何方へ?」
「お二人への余興が有りますので、ついて来て下されば構いません」
「レインハート様がおっしゃってましたね。私達を試されるとか」
「いえいえ、そんな大仰な事ではございません。アルミナダンジョン国からやってこられた選りすぐりのダンジョンのエキスパートの方なら十分に対処出来る範囲と存じます」
「あら、楽しみね」
執事も含め、三人とも笑いながら次の試しの場という会場へと足を伸ばしていた。少なくともこの時にはまだ、エナミ以外はこの後に起こる事を非常に楽観視していたからこその笑いだった。
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