第十二話 エナミは嗤う 2
レインハート御一行はその後すぐに領主館に辿り着き、二人も多くの領主館で待ち構えていた召使い達に出迎えられる。
「「「ようこそおいで下さいました」」」
「もの凄い歓迎ですね」
「ハハッ、それはもうあのアルミナダンジョン国から来られたお客様だからね。しかもストーリー家、ブルックス家と両家とも名の知れた家からの来賓だ。我々サイテカ連合国の地方領主としては最大限のもてなしをするのが、当然ではないかね?」
「……ストーリー家の事もご存じと?」
「おやエナミ殿?あまりその話には触れたくない方がいいのかね」
「はい、そうしていただくとありがたいですね」
「分かった…。我々のようなアルミナダンジョン国が出来た時からある家はみな知っていると思うが、今夜の晩餐会ではその辺は気を付けるように客人達にも声掛けをしておこう」
「助かります、レインハート様。アルミナダンジョン国から来たダンジョン管理事務局の一職員として扱っていただければそれで構いません」
「分かった、分かった。気を付けよう」
「では、エナミ様、サーヤ様。客室まで我々メイドが案内します。お荷物はどちらに?」
「それが……」
ナムトは笑顔で話しながらも目を細め、後ろに控える執事に頷く。頷いた執事は音もなく領主館の中へと消えていく。その後は、エナミとサーヤは自分達の手荷物が亜空間に仕舞われている事を困惑する執事とメイドに説明し、それぞれの客室へと案内されていった。
ナムトはそんな二人の姿を見送ってから、笑顔を消して、控える執事に雑感を伝える。
「旦那様、アルミナダンジョン国の人間はどのような者でしたか?」
「ふむ。思ったよりもエナミ・ストーリーという者は高慢な人間ではないのかもな。もう少しダンジョン管理事務局のエリート職員と言えば、少し突けばプライド高そうに振る舞うかと思っていたが、思った以上にこちらを立ててくる。サーヤ・ブルックス嬢は王立アカデミーに入るかどうかの幼い頃に一度会ったが、今も変わらずいかにもお嬢様といった雰囲気だな」
「では旦那様、この後の予定ですが……」
「変更は無しだ。晩餐会の後に彼らにはワラジアン地方の試しを受けてもらう」
「分かりました。準備はすでに整っております」
「よし、では彼らには暫しの休息を楽しんでもらおう。まあ、明日にはアルミナダンジョン国にお帰りいただく列車に乗ってもらうがな」
ナムト・レインハートは野心的な笑顔を浮かべて、自分の執務室へと去っていった。
エナミは案内された客室で一息つき、今夜の晩餐会用に選べるように部屋の隅に並べられた衣装の数々をこれとはなしに眺める。客室付きのメイドも傍に居たが、彼は一言声をかけて、衣装を選んでから声をかける旨を伝えていた。
ここまでされるといかにも最後の晩餐だなと思いながら、彼はミシャールの駅に着いてからの事を振り返る。馬車から見えたワラジアン地方の領都はそこそこ栄えており、領民達の顔も活気があり、子供らも笑顔であふれていた。ナムト・レインハートという人間は決して悪い領主という事は無いのであろうという判断をエナミは下す。
その上で、ナムトのこうしてやって来た自分達二人への態度を見ると非常に違和感を覚えた。彼の今回の饗応の目的が、ライン地方のダンジョンブレイク対策を遅らせる事だけでしかないからだ。これはサイテカ連合国の全体の立場から考えてみれば、ただただ被害を増大させるだけの事に思えたからだ。
そこで先ほどのサイテカ連合国の自治報告会なる30もの小国の全体会での決議で決まったという一言の際に見せた、ナムトの片側の唇だけニヤリと上げた鋭い笑顔をエナミは思い出す。当然その場にはライン地方を治める、かつての級友ライアン・ヒューイットも居た事を考えるとこの物語の構図が段々と分かってくる。
おそらくサイテカ連合国の領主の中で、ライン地方を治めるヒューイット家が邪魔だと考える一派がいるのであろう。その者達にとっては、今回二人で早々に来てしまったが、アルミナダンジョン国の現段階でのライン地方への介入は早過ぎて、ダンジョン「海なりの丘」のダンジョンブレイクの問題解決がすぐに出来てしまうと想定しているのだろう。
もしもそうなってしまってはヒューイット家をライン地方から追い出す事も出来ず、ダンジョンによる旨味も得られないと考えているのであろう存在がこのナムト・レインハートだけなのか、それともより多いのかは自治報告会で決まった事も考えると、多数派がそう考えていると判断するのが妥当とエナミは考えた。
であるならば、自身とサーヤはどう動くのが最適かをエナミは衣装が並べられてあるラックに手を滑らせながら考えていた。傍にいるメイドからはとても真剣に晩餐会用の衣装を選んでいるように見せながらも、全く違う問題の解答を彼は考えていた。しばらく後に自身の考えが整理出来、この問題への答えを決めたエナミは、ようやくこれからのこの領主館で起きるであろう晩餐会とその後の催し物の事を考えて、衣装の事は一瞬で決め、メイドに声をかける。
「お待たせしました。今回はこちらにしますので、晩餐会の用意を手伝っていただけますか?何せ初めての晩餐会なので」
「はい、では別の者もお手伝いさせていただきますね。緊張なさらず、楽しんで下さいね」
「はは、そう出来れば嬉しいですけど、頑張ってみますよ」
客室付きのメイドに対して、この時のエナミは普段の冒険者相談窓口ではなかなか見れない、非常に良い顔で嗤っていた。
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