第十話 取り残された人々 3
ミヤは突然拉致られたエナミの事を考え、冷静でいられるはずのないレラがどうしてここに来たかをそこで初めて理解した。
実際問題、彼女自身がエナミの護衛として役に立つかは全く分からないが、第一保安課課長補佐という役職者が戦闘で役に立たないとなれば、それは彼女の問題ではなく、ダンジョン管理事務局の問題として大きな汚点となる。
やらかしてくれたサーヤ・ブルックスの事はプラチナランク冒険者にそんな組織論は通用しないと置いておくとして、ミヤは自分自身のスケジュールを考え、最速でこの地を出られるようにと仕事を取捨選択して頭の中で組み立て、5分程度の時間を使ってからレラに声をかける。
「レラ、今すぐは無理だけど、19時までにはダンジョン管理事務局を出れるッス」
「分かったわ。それならその時間に合わせてライン地方に行く列車の手配やら諸々は私がします」
「よろしく頼むッス」
「じゃあ、ダンジョン管理事務局の正面玄関前に19時で」
颯爽とダンジョン調査部を立ち去っていくレラを一瞬だけ見て、ミヤはすぐに仕事を片付け始めた。
無事に19時にダンジョン管理事務局の正面玄関前にミヤが辿り着くと、そこにはレラだけでなく、彼女の横に一人の男性が立っていた。細身ながらも筋肉質で、身長も180cmはあり、色白、蒼眼で整った顔をしているが妙にレラからは避けられている感じの自分より年上の男性だった。
今回のライン地方の遠征に行く人間のリストから、ミヤはすぐに彼が誰かは把握していたので、こちらから名刺を出し握手を求めて挨拶した。
「初めまして、ラミー第三外交課課長。私はダンジョン調査部ダンジョン調査課調査主任のミヤ・ブラウンと言います。今回はよろしくお願いします」
「ああ、初めまして初めまして。君があの有名なダンジョン調査部の「ダンジョンマスター」ミヤ・ブラウンだね。こちらこそよろしくお願いするよ。僕はラミー・レバラッテ第三外交課課長。今回初めてブラウン調査主任には会ったけど、噂と全く違って言葉も流暢でチャーミングだね」
「噂ですか?」
「そう噂、噂。何故だか語尾に「ッス」をつけながら喋る舌足らずな印象を敢えて受けさせて、一緒にダンジョン調査に同行する冒険者達の庇護欲を増させて自分の安全を第一に確保できるように仕向ける小悪魔のような意地悪さが目立つってダンジョン攻略課で同僚だったミズキちゃんが言ってたからさ」
「……分かったッス。ミズキさんとはこの遠征が終わって、無事にアルミナダンジョン国に帰ってきたらお話するッス」
明らかに目が座ったミヤを握手した後は放置して、ラミーはとても楽しそうにレラと話を続ける。
「あれあれ?ちょっとブラウン調査主任の雰囲気がだいぶ違っちゃってるけど、どうしたのかな?何か余計な事を言っちゃったかな、レラ君?」
「はい、間違いなく。ところでラミー第三外交課課長、今日は能力を使う予定は無いんですか?」
「ん?何故だい?僕からしたら何も危険な予感はしないし、安全な列車の旅だと思うよ」
「いえ、私としては急遽出発した護衛対象であるエナミ先輩が心配で」
「ん?ん?他所の国とはいえ、プラチナランク冒険者とエナミ君の組み合わせに何を相手が起こせるって言うんだい?」
「いや、例えば身の危険があるとか……」
「えっ、無いでしょ無いでしょ。彼とサーヤ嬢のコンビで倒せないサイテカ連合国の小国なんて存在する訳無いじゃない。彼ら2人の力が合わさったら、ほぼオリハルコンランクの冒険者と同じ力があるんだよ?どうやってそんな化け物や災害クラスの力に小国一つで対抗するんだい?ちなみにライン地方のダンジョンである「海鳴りの丘」にしたって、せいぜいプラチナランクに到達するかどうか位の難易度だし、彼らが何とか出来ないモンスターなんて想像が出来ないよ?」
「えっと、そうしたら今回の戦力って……」
「あぁ、過剰だね過剰だね。ただライン地方のライアン・ヒューイットって領主がエナミの同窓って自分の能力で見て知ったから、彼の長期休暇を素晴らしいバカンスにしてあげようと僕がアテンドしたって訳さ」
自信満々に自分の仕事を矮小化してしまうラミーに戸惑いながらもレラは彼の話の続きを促す。
「でも今回は何かアルミナダンジョン国にも知らされていない所で、サイテカ連合国に動きがあるって保安部内でも話題になってます。私はそれがエナミ先輩達に対して危険ではないかと考えて、ラミー課長に伺っているんです」
「う~ん、どうだろうねどうだろうね。僕はそんなに気にならないけど。まぁ、このままサイテカ連合国の列車旅の途中の何処かで彼らも待っているだろうから、簡単に何のトラブルも無く追いつくと思うけど。それにね」
「それに?」
「もしサイテカ連合国の領主達が心無い対応を考えているなら、そいつ等は不幸だね」
「不幸ですか?」
ラミーは「危険予知」の能力を使わずともエナミ・ストーリーという人間については良く分かっていた。彼から見てエナミという人間は決して覗いてはいけないパンドラの箱の様なものだ。そんな彼も危害を加えさえしなければ、非常に穏やかな人間ではある。しかし、それを態々箱を開けてやらかそうとするなら……。
ラミーはただただ首を振りレラに答える。
「あぁ、自ら不幸になろうとする人間だ。間違っても可哀想とは言えないね」
三人はその後も話しながら、直ぐにサイテカ連合国行きの列車へと乗り込んでいった。
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