第九話 取り残された人々 2
ダンジョン調査部ダンジョン調査課調査主任のミヤ・ブラウンという小柄な無害そうに見える人間はダンジョン管理事務局の中では知る人ぞ知る有名人だった。
これは実務面で直接五大ダンジョンに関わる部署にいる人間かどうかにもよるが、彼女が王立アカデミーからこのダンジョン管理事務局のダンジョン調査課に入局した衝撃は、その前年にエナミ・ストーリーがダンジョン攻略課の冒険者相談窓口に入局した時と同じ様な扱いに後々なっていった。
誰がどう見ても、この十一年の間で五大ダンジョンの六十階以降の攻略と冒険者の安全性の向上が圧倒的に進んだのは、一つは「異端なる者」を始めとしたオリハルコンランクの冒険者達の台頭と、もう一つはエナミが進めた安全マニュアルの作成。そして最後に彼女が進めたダンジョンマップの作成と公開と言われている。
これはエナミとの共同作業とも言われているが、彼自身が積極的にダンジョン内に行くのはあくまでもダンジョンブレイクの様な災害対策の時がメインであり、日々のダンジョン攻略についてはミヤの方が何倍もダンジョンに入り込んでいる。
勿論、彼女の才能である「マップ作成」が圧倒的なダンジョン調査部への適性があった為に、王立アカデミーに在籍していた頃からダンジョン管理事務局に入局に向けて、英才教育を受けていた事は否めないが彼女をダンジョン調査部が手放さないのはミヤがダンジョンに行くのを厭わないからだ。
彼女がダンジョンに入っている時間は冒険者達の約3倍であり、ダンジョン調査部の他の職員達の倍以上で、実は労働時間の管理と安全管理については最初の内は部署内でも非常に揉めていた。
しかし彼女が日々成し遂げていく五大ダンジョンの精緻なマップ作成と、トラップの特定、魔石や素材の詳細な分析を受けていち早く半年で調査主任に昇進させるとその声も急激に落ち着いた。
ちなみにこの調査主任という役職は余りにも実績を上げ続ける彼女を半年で昇進させる為にダンジョン管理事務局が作り上げた役職として彼女の前にも後にも同じ役職に着く者はいなかった。
そんな調査部の怪物として有名な彼女だがダンジョンに籠もっている時間が余りにも長いために、その存在自体が都市伝説の様な扱いになっている面があり、未だに彼女の存在を疑っている職員もいるくらいだった。
そんな幼そうに見える見た目と話し方からは想像できない彼女の恐ろしさをエナミから何度か聞かされて知っているレラは、エナミの後輩としてプライベート面について非常に疑問に思っている事を尋ねた。
「ミヤ調査主任、一つお訊きしても良いですか?」
「ミヤさんで良いッス。これからライン地方に行ったら3ヶ月は一緒なんだから、そんな他人行儀じゃ息が詰まるッス」
「分かりました、ミヤさん。そうしたら私の事をレラと呼び捨てで良いですから」
「分かったッス。そうしたらレラ、私に訊きたいことって何スか?」
「はい、ではズバリお訊きしますが、ミヤさんとエナミ先輩とは実際にはどういう関係なんですか?」
「どういう関係ッスか?王立アカデミーの先輩後輩ッス。それ以上でもそれ以下でもないッス」
「そうですか」
露骨にホッと息をつくレラを見て、ミヤは悪い笑顔を浮かべて話しかける。
「ハハァ〜、レラは私とエナミ先輩の関係を疑ったんスね。安心してほしいッス。私に興味があるのはダンジョンだけッス」
「そんな……分かりやすいですか?」
「くぅ~、本当に可愛いッスね。エナミ先輩がベタ褒めするだけの事があるッス」
「えっ、ベタ褒め」
レラがそれまでの冷え切っていた空気を急に消して緩んだ所でのミヤのこの一撃で、急に照れ出してしまう。小柄で幼く見えがちな調査主任はついついからかうような言い方になってしまうのを止められない。
「そうッス。仕事で会ってた時にエナミ先輩は良く言ってたッス。「あんなに色々背負ってる筈なのに、文句も言わずに頑張ってるアイツを教えるのは俺の一番の仕事だ」って」
「わぁ〜」
顔を更に真っ赤にして両手で隠してしまうレラを見て、何だこの可愛い生き物はとミヤは自分の外見を棚に上げて思いながら、時間が勿体ないと気付き、咳払いをした上で確認する。
「まぁ、そういうのは置いといて、レラは何の用で私に会いに来たッスか?ライン地方遠征の日程でも決まったッス?」
「あっ、そうでした。本題はそちらです。ミヤさん、ダンジョン調査部としては出発は何時なら行けますか?」
「ん?こちらとしてはいつでも大丈夫ッス。もうメリダダンジョンのダンジョンブレイクの調査は私がやらなくても良い段階まで終わってるし、寧ろ周りにはやってもらわないと困るッス」
「そうですか!!では早速行きませんか?」
「はっ?何を言ってるッスか?メインのエナミ先輩はどうするッス?」
事情が見えていないミヤは首を傾げるばかりだった。そんな彼女に顔の熱が引いたレラから想定していない一言が告げられる。
「エナミ先輩はプラチナランク冒険者のサーヤ・ブルックスに無理矢理連れられて、今日のお昼過ぎに出発したのをダンジョン攻略課で確認しています。なので我々も即刻追いかけて合流する事が望ましいと考えてます」
「マジっすか……」
「はい、嘘偽り無い事実です」
流石のミヤでもその言葉を受け入れるには暫くの時間が必要だった。
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