第ハ話 取り残された人々 1
エナミとサーヤの一見してサイテカ連合国への抜け駆けとサーヤが望んだであろう逃避行と分かる行動はダンジョン管理事務局の中で波紋を呼んでいた。
特にエナミを管理しているダンジョン攻略課課長であるダナン・ハードレットのデスクの前で、役職の差を超えて不満と不信を雰囲気に前面に出して腕を組み陣取るレラ・ランドール第一保安課課長補佐に取っては非常に腹立たしい状況と言えた。
「ダナン課長、サーヤさんが入国許可証を取っていた事を分かってたんですよね?」
「……」
「ハッキリと教えていだけませんか?今回のライン地方への遠征については、私も参加者だったと思うんですが?」
「ランドール第一保安課課長補佐、今回のプラチナランク冒険者サーヤとうちのエナミ君の行動に関しては私が把握している事はとても少ない」
珍しく背中の阿修羅像もそっぽを向き、全くレラにプレッシャーを掛けられていない状況でダナンは訥々と語っていく。レラはぶちギレた雰囲気を変えないまま、冷静に問い詰める。
「ではダナン課長としては、直属の部下の誘拐については容認したという事ですか?彼のアルミナダンジョン国での価値を考えると、非常にリスキーな動きだと思いますが?」
「誘拐を容認した訳では無い。あくまでも彼女とケビン様からの提案が適切と判断したから、許可を与えてサイテカ連合国のライン地方に先に向かってもらっただけだ」
「そうですか、そうですか……。分かりました。では残された我々はいつ頃出発すれば宜しいですか?今回の遠征については本来はダナン課長とラミー課長のダンジョン攻略課と第三外交課の共同計画という形になっていますけれど?」
レラは全く納得はしないものの、それよりも先にすべき事があると、一度矛を納めてから現実的な今後の対応について確認する。ダナンの背中の阿修羅像は未だに彼女に目を合わせようとはせず、彼女は強い視線でデスクで手を組むダナンを見つめる。
「……私とラミー課長としては今回のエナミ君の動きとは別に君達の遠征計画についてはスケジュール通りに動いてもらうように取り計らっている。明後日の出発については第一保安課に対しても案内していると思ったが通達は届いてないかね?」
「私の方はいつでも出れるのですが?」
「今回のダンジョン調査部の方の担当がまだメリダダンジョンの調査が終わってないから何とか少し遅くしてもらえないかという打診も来ているくらいだから、コレでも出発はギリギリ最速の状況である事を理解してもらえると助かる」
「分かりました。では私の方はダンジョン調査部の担当の方の状況を確認してきますね。先方が出発を早められるようなら、こちらからその旨打診しても?」
「……構わんよ。私達の権限外だからね」
「直接の部下の遠征の認可についてはダナン課長の権限が有った筈ですが?」
「……ランドール第一保安課課長補佐、ダンジョン調査部の方に早く行き給え。先方には私から連絡しよう」
「分かりました。私が直接そちらに向かう旨だけお伝え下さい」
ダナンはデスクの上で手を組んでいたのを解き、電話を手に取りかけようと右手を伸ばした。それを見てからレラは振り返り、颯爽とダンジョン攻略課を出ていく。ダンジョン調査部に一報入れた後で、ダナンはため息をつき、呟く。
「私としてはサーヤ嬢を止めようが無かったが、あんなにレラ君を怒らせて、エナミ君は無事にライン地方で過ごす事が出来るんだろうか?」
バタンと強くダンジョン攻略課の入り口のドアが閉められ、課内の空気を悪くして彼女は去っていった。
レラはダンジョン攻略課を出た足で、そのままダンジョン調査部のある地下への階段を下って行く。ダンジョン調査部は以前説明したダンジョン管理課が5大ダンジョンの駐在もしているが、主たる業務としてはその部署の名前の通り、ダンジョン調査をメインとしたダンジョン調査課がある。
非常に泥臭くもコアな人気のあるこの部署にくる為には、一定以上の武力と知識、尚且つダンジョンへの絶えない興味が無いと務まらず、それ故に人事異動が活発な部署とは言えなかった。
つまりはダンジョンについての趣味人の集まりとして、ダンジョン調査課はダンジョン管理事務局内では名前が知れ渡っていた。それ故にここに訪れる外部の人間は一定数はいるものの、皆対応に覚悟を求められる部署であった。
レラは特段代わり映えのしない、ダンジョン管理事務局の役所らしい入り口のドアを開け、受付に座る明らかにやる気の無さそうなレラ自身と同年代の若い女性にやや緊迫感を持って高圧的に声をかけてしまう。
「こんにちは、私は第一保安課課長補佐のレラ・ランドールと言います。先程ダンジョン攻略課のダナン課長からこちらに連絡が有ったかと思うのですが?」
「はい、ランドール課長補佐。ダナン課長から連絡入ってますよ。今、担当の者を呼びますね。そちらのソファーでお待ち下さい」
「ありがとう」
レラは受付のスムーズな対応に少し落ち着きを取り戻すと、多少の後悔と共にソファーに座る。その動きに構わず受付の女性は後ろのデスクに声をかけに向かう。
暫くすると、そちらの方から一人の小柄なボブカットの女性がレラに向かってやって来て握手をしながら挨拶する。
「どうも、態々課長補佐にこちら迄来ていただいてご迷惑をおかけしたっス。自分はダンジョン調査部ダンジョン調査課調査主任のミヤ・ブラウンって言うッス」
「初めまして、ミヤ主任。お名前は兼ね兼ね伺ってます」
「ハハッ、そんな立派な扱いを受けるなんて何だか気恥ずかしいッスけどね。まぁ、いくつかはエナミ先輩のお陰ッスけどね」
「エナミ先輩?」
「はい、私は王立アカデミーのエナミ先輩の一個下で可愛がってもらってたッス。今回のライン地方の遠征も久しぶりにちゃんと会えるから楽しみッス」
「……へぇ」
レラの作り笑いが広がるにつれ、明らかにその場の空気が冷え込んだのをニコニコしたまま握手するミヤは全く感じていなかった。
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