第六話 エナミは現実逃避する 1
そこからはあっという間の出来事で、エナミはあれよあれよと言う間にダンジョン管理事務局の定時も待たずに、サイテカ連合国行きの列車に乗り込んで、最上級のボックスシートにサーヤと2人並んで腰掛けていた。
サーヤにアタッシュケースを見せたその後は直ぐに冒険者相談窓口を閉めさせられて、その場で彼女に腕を引っ張られながらも何とか振り返って一番奥のデスクに座るダナンを見るも、目を全く合わせてもらえなかったのは、今後のトラウマになりそうな出来事として今も簡単に思い出せた。
そんなエナミの深層心理を無視して、サーヤは端ないと言われない範囲でエナミにくっつきながら、嬉しそうに話しかける。
「何だか駆け落ちみたいね。まるで仕事に行くとは思えないわ」
「……サーヤ様、随分と準備万端みたいですが、何処まで行かれる予定なのですか?」
「えっ?ちゃんと決めているわ。先方にも話を通してあるって父も言っていたし。この席も予め向こうが用意してくれたのよ?」
「……ライアンはこんな横暴な事しないと思うけどなぁ……」
「あぁ、貴方の同窓の方では無いみたいよ。その手前の地方の領主様が今回は日程が長いから予め宿泊地を手配してくれているみたいね」
「はぁ、もうここまで来てしまったらお任せですけどね」
「任せて、ライン地方まではまずは私のほうが案内するわ」
鼻歌でも歌いそうな位に上機嫌なサーヤを見て、全てを諦めるエナミがそこにはいた。彼は列車に乗る前に何とかダンジョン管理事務局の制服だけは亜空間に入れていたバッグにしまっていた私服の着替えと換えたので、見る人が見れば確かに若い夫婦の旅行にも見えなくも無いが、本人の気怠さげな態度が夜逃げか何かと勘違いさせ、二人の態度のギャップから列車の乗務員も首を傾げ続けていた。
そんな違和感だらけの列車旅は間違いなく快適と言って間違いないものだった。この世界の交通インフラとしては最上級の魔石をエネルギー資源とした列車旅で、しかも最上級のボックスシートとなれば、軽い個室レベルでは無く、ユックリと休めるようにソファーベッドタイプの席になっており、食事も食堂車が別にあり、どちらでも食べれるようになっている。
シャワー室やトイレ、娯楽室等も別途配置されていて、ある種、地球にある観光列車よりも豪華なものだった。一週間程度の旅情ならば退屈する事も無く流れ行く景色を見ながらノンビリと過ごせ、日々の仕事の疲れからリフレッシュ出来たであろう。
つまりはエナミの心持ち次第でこの場の空気は変わるのだった。彼は深いため息を一つつくと、現状出来ることを冷静に思い直して顔をパチンと両手で叩く。
「エナミさん、どうしたの?」
「いえ、やっと現実を受け入れる事が出来ました。これからサーヤ様と向かっているのはどちらになるのですか?」
「ワラジアン地方ね。そこの領主様が今回の遠征の中継地にとご提案下さったみたいね」
「ワラジアン地方ね……。レインハート家ですね。私には何の縁も有りませんけど」
エナミは首を傾げながら、何か接点が有ったかと記憶を探る。サーヤはその態度を見て目くじらを立てる。
「もしかして分かってないの?」
「えっ?何をですか?」
「貴方がこの間くれた金色のヘリクリサムが名産じゃない!!」
「あっ」
「もう、エナミさんはどういうつもりであれを私にプレゼントとして贈って下さったのかしら?」
「えっと……」
「貴方のそういう所を今回の旅では確認させて貰えるのかしら」
それまでの二人で掛けていたソファーの横並びに座っているという、普段から考えたら余りにも近すぎる距離に対しての恥じらいなど忘れたかの様に、サーヤはあっという間にエナミに詰め寄る。
エナミも流石にこれはやってしまったかなと、受け入れざるを得ない感じで素早い彼女の行動にのまれそうになる。二人の顔の距離が片手一つ分をいよいよ超えそうになりそうな時に客室のドアがノックされ、車掌からの声掛けがあった。
「サーヤ様、エナミ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
二人はハッとしたように距離を取り、エナミが全く落ち着かないサーヤを尻目に、少し声が高くなりながらも平静を装った声で返事する。
「はい、どうぞ」
「では、失礼いたします」
「何かありましたか?」
「はい、もうそろそろアルミナダンジョン国とサイテカ連合国の国境になる駅に到着いたします。入国許可証の方を皆様に用意をお願いしていますので、宜しくお願いします」
「あぁ、ありがとうございます。もしかしてサイテカ連合国に入国する際も、こちらの車両に乗ったまま入国許可証をチェックする事が出来るのですか?」
「はい、こちらの席は立場ある方しか利用出来ませんので、当然の事ですが両国共に信用があります。私の方でチェックさせていただいたらそれで問題無く、入国していただけます」
「はぁ、凄いサービスですね」
「当たり前でしょ?貴方はそれだけの価値がある人なんだから」
相変わらずのポンコツぷりを発揮するかと思いきや、サーヤは眩しい笑顔でエナミの視線を独占した。車掌は取り出された二人の入国許可証を確認すると、笑顔で挨拶して出ていく。
「ありがとうございます。まだまだ運行は続きますので、ゆっくりとお過ごし下さい」
二人の距離はエナミが望む程には中々遠くなりそうにはなかった。
もう少ししたら動きますので、ちょっとの間、甘ったるい話にお付き合い下さい。決してラブコメだけで、今章終わりません。
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ここまで読んでいただいて気にいらなかったら、大変貴重な時間を使わせて本当に申し訳ない。ただそんなあなたにもわざわざここまで読んでいただき、感謝します。