第三話 エナミは胃が痛くなる 1
メリダダンジョンで有ったダンジョンブレイクの後、漸く騒動が落ち着いた頃に元ダンジョン攻略課のラミー第三外交課課長に言われたサイテカ連合国への3ヶ月もの長期休暇の為に、エナミはダンジョン攻略課での仕事の引き継ぎと、自分自身の身辺整理に勤しんでいた。
彼からすれば、王立アカデミー卒業後、十二年もの長きに渡ってダンジョン管理事務局で定期休暇以外は働き続けていた為に、今回の長期休みは、望外かつ非常に魅力的なものだった。
しかもダナン、ラミー両課長からのバカンスという名の無理矢理な出張業務の振りではあるものの、エナミの王立アカデミーの同窓生で、しかも当時仲が良かった留学生であったライアン・ヒューイットに会えるのをとても楽しみにしていた。
だからこそ彼が十二年に渡って手掛けていた膨大な仕事の割り振りを、決して他のダンジョン攻略課の職員達に上手く負担にならないよう、また彼らの昇進に繋がる様に振っていった。
当然ダンジョン攻略課で昇進を目指している若き野心ある職員達は、両手を上げてエナミに割り振られた仕事に必死に取り組んだ。
彼が抱える各部署に横断的に関わる仕事を彼が不在の3ヶ月とはいえ、それをやり抜けば当然他所の部署の上司と太いパイプが出来る為、誰もが嫌がる事なく彼と一緒に調整会議に参加していた程だ。
勿論、エナミとしても普段は全く接点が無い彼らが、こんなにも積極的に仕事に取り組んでもらえるとは思わずに若干引いていたのはここだけの話だ。
そんなエナミとしては忙しくも珍しく周りのサポートも万全にあるという充実していた役所仕事の日々の中でも、ダンジョン攻略課で、いつもの冒険者相談窓口での冒険者対応をしていた。
今日も今日とてボサボサの頭と木製の固い椅子の背もたれに斜めに背中を預けて、グッタリとした草臥れた格好で冒険者相談窓口に座っていた。
午前中からいつものリズムで窓口対応をしていると、礼儀正しくジュリアーナがやってきた。
「ご機嫌よう、エナミさん」
「ヒメネス様、おはようございます。今回は何処まで行きました?」
「ふふ、貴方のマニュアルと指導のお陰で順調に二十階まで来ましたわ。この先についてはフロアボスのオークキングが私には相性が悪くてちょっと苦戦しそうと聞いてるから、今日はエナミさんに討伐方法の確認をしに来たの」
「分かりました。では……」
エナミは一通りジュリアーナの戦闘方法に合わせて、オークキングの攻略方法を細かく説明していく。彼としては自分がしばらくこういう仕事から離れる事を自覚しているためか、いつも以上に丁寧に解説していた。
「エナミさんいつもありがとう。今回も分かりやすい解説でしたわ。そうしたらオークキングの討伐にはもう少し準備が必要だと分かりましたし、ちょっと修練場で魔法と武技のトレーニングをしてきます」
「ヒメネス様、無理はなさらず程々に頑張ってくださいね。命は大事にですよ」
「ありがとう。それはそうとエナミさん、しばらく窓口のお仕事をお休みされると風のうわさで聞きましてよ?」
「お耳が早いですね。一週間程前に正式に決まった事ですが……。そうですね。ヒメネス様には今日にもご案内しようと思っていたのですが、私とダンジョン管理事務局の方の都合で3ヶ月程、窓口対応をお休みさせていただきます」
「3ヶ月?確かに少し長めですけど、どちらか行かれるのですか?」
「はい。守秘義務があるので何処に行くかはお伝え出来ないのですが、この国以外に行くので、しばらくの間ヒメネス様には直接対応出来なくなり申し訳ありません」
エナミはその場で頭を下げるが、ジュリアーナは軽く手を振り笑顔で返事をする。
「頭を上げて下さい、エナミさん。私の方は今回のオークキングの討伐が済めば、少しダンジョン攻略はお休みいただこうと思ってましたし、大きな問題はありませんわ」
「そう言っていただくと助かります。私の方でも担当冒険者の方々のダンジョンの進捗具合を確認させていただいて、ヒメネス様以外も今の階層で無理されなければ問題ないタイミングだったのもあり、長期のお休みをいただく事になりました。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、それでも何か私に聞きたいことがあれば、これをお使い下さい」
エナミはそう言うと、自身の窓口のデスクからペンの頭に真珠があしらわれたペンを取り出す。ジュリアーナはそのペンを受け取りまじまじと見つめる。
「エナミさん、これは?」
「どうぞ鑑定して下さい」
エナミに薦められるままに彼女は鑑定の魔法をこのペンにかける。
鑑定結果
真珠の魔法ペン
(アルミナダンジョン国産)
このペンには「筆記伝達」の魔法がかかっている。相手はエナミ・ストーリーに限定。
「これは……」
「鑑定結果のままです。何処の国にもありますが、そちらはヒメネス様と私との連絡手段になります。何かの書面に私に伝えたい事があれば、書いていただければ私には伝わります。私の方はヒメネス様にお伝えする手段がありますので、何かあればそちらを使います」
「私も知っていますが、こんな貴重なものを気軽に渡すなんて。何処の国にもあると言っても、使っているのは高官クラスですわ。私みたいなシルバーランクの冒険者に渡すような物では無いのでは?」
「逆ですよ、ヒメネス様。私が心配なのは今回のダンジョンブレイクの影響が強く出ていたゴールドランクまでの冒険達です。プラチナランク以上はまだまだメリダダンジョンに入れないですからね。こんな道具は関係無いですから」
「そんな……」
草臥れた顔のままで普通の事の様に答えるエナミにヒメネスは驚く。それ程この通信道具の価値は高く、聖カムルジア公国でも持っている人間は貴族か教会の上層部しか持っていない。
こんな貴重な物を当たり前の事の様に渡す彼とその理由に愕然とするジュリアーナだった。
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