第八話 相談窓口の人は新星冒険者と世間話をする 2
しかしダンジョン攻略課からすれば、このエナミの午後の一番最初にやってくるサーヤの相談窓口の時間は、決して無意味ではなく意味があると言えば意味があった。
何と言ってもエナミの相談窓口の相手はほぼ史上最速で駆け上がったプラチナランクの冒険者で、家は「始まりの七家」である武器商人最大手のブルックス家。
このアルミナダンジョン国では何個も役が載った状態の彼女に、万が一公的機関であるダンジョン管理事務局ダンジョン攻略課の職員が粗相して嫌われでもしたら、彼女の父親経由ででも、ダンジョン管理事務局局長からダンジョン攻略課自体が何を言われて、どんな処分が下されるか分かったものではない。
そんな地雷原を相談窓口一やる気がないと思われているエナミ一人に押し付け、週に一回2、3時間話すだけで満足して帰っていただけるなら、冒険者相談窓口の、ひいてはダンジョン攻略課そのもののブルックス家に対してのイメージアップを図る上で、こんな楽かつありがたい事は無かった。
その為、エナミの担当する午後の相談窓口時間の3時まではなるべく他の冒険者を入れないように、ダナン課長から最大限の配慮を受けている形であった。勿論、隣で窓口対応しているレラも揉めそうな担当冒険者は入れないようにダナン課長から直接注意され、気をつけていた。
エナミとしてもダンジョン攻略課の人間達がそんな対応をしているのを薄っすらと理解しながらも、サーヤとの高難易度のメリダダンジョン深層階攻略の話は個人的にも面白い為、エナミ自身もついつい熱を帯びて語ってしまい、相談そのものが長引くのはしょうがないかと思っていた。
「サーヤ様は今は何階をアタックしてるんでしたっけ?」
「もう、サーヤ様は止めてって、何回言っても聞かないんだから!!それに白々しい感じで訊いてくるけど、担当の貴方なら分かってるでしょ。今は四十七階よ」
「はいはい、それではいつものように地図でも見ながら話しましょうか」
エナミは冒険者相談窓口のデスク横の棚から、メリダダンジョン四十七階の地図を取り出す。サーヤはデスクに広げられたそれを少し見て、ある場所を指差す。
ちなみに5大ダンジョンの一つであるメリダダンジョン深層階の地図はこんな雑に扱っていいものでは無い。ダンジョン管理事務局の中でもプラチナランク相当になる四十階以降の地図に関してはどれも機密扱いである。そもそもそんな物がこうして窓口にて普通のもの扱いしているだけでおかしいのだが、誰も突っ込める状況に無かった。
「そう、ちょうどここ。ここの森林を抜けて急に出てくる大きな川を渡るために、川の中に潜行しているモンスターの攻略がちょっとうまく行かないのよね…」
「あぁ、もうこんな所までたどり着いたんですね。つい先週相談に来られた時は四十七階に入った直後だったのに、流石サーヤ様。ちなみに、ここで出てくるモンスターの攻略法はですね…」
「えっ、そんな弱点があるの!?」
「しかもこの川渡った先のこの獣道周辺には罠の仕掛けが…」
「それは初耳だわ、何で教えてくれてないのよ!」
「いやぁ、こんなにも早くこの川まで来るなんて思ってなかったですから。それになるべくサーヤ様にはダンジョンを楽しんで驚いて欲しいですからね」
「まったくもう、どんな相談窓口なのよ」
エナミもサーヤともに楽しそうにニコニコしながらリラックスして話している為、高難易度のメリダダンジョン深層階攻略にストレスを抱えるサーヤが、気分転換の為にあえて世間話でもしに来ていると、ダンジョン攻略課の相談窓口の他の職員達は見ていた。
実際にはプラチナランク以上の冒険者しか到達し得ない魔境である四十階以上のモンスターの攻略法や、注意すべき罠のポイントを地図や資料を見せながら、分かりやすくエナミがサーヤに話し伝えてる事は、隣の窓口にいるレラと極稀にいるたまたま相談時間が重なってしまった彼女の担当冒険者以外は知らなかった。
しかもレラの担当冒険者は現状最高でシルバーランク後半である為、ゴールドランクを越え、プラチナランクまでいった冒険者の話は自分達のダンジョン攻略には何の参考にもならないのが分かる位の事は理解しており、そんな話に聞き耳をわざわざ立てる者も居なかった。
またここ直近の2年半はエナミがレラを新人指導するという立場もあり、基本的に二人は同じ日に冒険者相談窓口に出ていた。
そのレラが冒険者相談窓口の担当になった初期の頃にサーヤの攻略階層がちょうど三十階を越え、シルバーランクからゴールドランクになった為、その後も来続ける彼女に、周りの職員はエナミが冒険者相談窓口の仕事をちゃんとしてるのではなく、ただ面倒を見てた若い子が、それ以降も世間話でもしに来ているんだと勘違いしだした。
そしてレラにしても自身が冒険者相談窓口になりたての頃から、そんなエナミとサーヤとの関わりが当たり前になってしまっていた事から、サーヤがプラチナランクになってからもこの相談窓口に来るのを違和感なく受け入れ、気にしたことが無かった。
またダナン課長からも「二人の邪魔をしないような相談相手を選びなさい」との指導を受けているだけだったのも、これは普通の事だとレラが勘違いしてしまう要因だった。
サーヤがちゃんとメリダダンジョン攻略のアドバイスを受け続けている事実があるにも関わらず、上司であるダナン課長とレラ以外は誰にも知られていない為に、この状況の異常性は誰からも指摘されず、他の職員達が誤解したまま、1年半以上が経過していた。
「あれ、もう3時ですね」
「あら本当、もうそんなに長く話したのね。やっぱり高層階はギミックが多くて時間がかかって大変ね。でも助かったわ。これで近いうちに四十八層に行けそうな感じが、はっきりしてきたわ」
「サーヤ様にも遂に大きな壁である五十層超えが見えてきましたね」
「…貴方のお陰だけどね。ちなみに十代で超えたのは何人いるの?」
「確か2人ですね、しかもサーヤ様の今の年齢でってなると史上最速じゃないですか?」
「そう!なら頑張って…」
「無理は禁物ですよ」
エナミはこの時ばかりは寄りかかっていた背もたれから、前に身を乗り出し、相談窓口のデスクの前にいるサーヤの顔を真剣な目で見つめる。彼女は急に目の前にやってきたエナミの顔にピクッと一瞬下がろうと反応するも、その後は固まったように動かなかった。
「分かってるわよ。安全第一でしょ!!」
「そうです。せっかくサーヤ様のお母様との約束も果たされたんですから、後は自由に、マイペースに、安全にダンジョン攻略して下さい。来年でも史上最速ですから」
「約束ね…、そう言えばエナミは、もし私が五十層超えたら、何かプレゼントくれる?」
「プレゼント?」
エナミは話の熱が引いたのを感じ、再びリラックスして固い木製の椅子に深く座りなおすと、サーヤは少し残念そうな顔になるも考えこむように顎に手をやり、上目遣いで彼に質問する。
「私がですか?」
「そう、貴方がよ」
「構いませんよ。私はサーヤ様の冒険者相談窓口担当として、史上最速の五十階到達に際し、一つ位は願いを叶えてあげますよ。何が欲しいか、その時に教えて下さいね」
「約束よ!?」
「何を欲しがっているのやら」
「絶対だからね!!」
「はいはい」
エナミが柔らかく微笑むと、サーヤは顔を少し頬を赤く染め、嬉しそうに机の下で軽く拳を握る。その後彼女は少し顔の赤みが落ち着いてから一つ咳払いをして席を立ち、その場で一礼すると、振り返る事なく羽が生えたような足どりで帰っていった。
たまに作者の意図に関わらず、ラブコメな展開になります。キャラクターが勝手に動いてしまう為、ご容赦下さい。
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